倉本聰さん「僕は蛍的な性格だった」東京空襲から岡山への疎開 当時の空気感には「戦争反対なんて口が裂けても言えない、嫌な世の中だった」【岡山】

戦後80年です。「北の国から」などで知られる脚本家の倉本聰さんは、戦時中、岡山県浅口市金光町に親戚を頼って疎開していました。その経験が、ドラマの脚本に生かされているといいます。少年時代を戦争に翻弄された倉本さんに、いま、伝えたい想いを聴きました。(倉本聰さん【画像①】)「家の上を毎日B29の編隊が飛んでいたんですよ。だからその雑然たる東京から行きましたから、岡山はのどかでしたね」日本を代表する脚本家…






































