止まらない世界的な長期金利上昇

世界の債券市場では、長期・超長期金利の上昇圧力が一段と強まっている。米国の長期金利は高止まりが続き、日本でも超長期ゾーンを中心に金利上昇が続いており、グローバルに金利の上限が切り上がっていく局面に入っているようにみえる。過去であれば景気減速懸念や株価調整が生じれば安全資産需要によって長期金利が低下した。しかし足元では、財政リスクやインフレ懸念が根強く残っており、長期金利の上昇に歯止めがかかりにくい状態となっている。

その震源地は米国である可能性が高い。市場では、巨額の財政赤字や政府債務の拡大に対する懸念に加え、AI投資ブームを背景としたハイパースケーラーによる大規模な社債発行計画への警戒感が根強い。国債と社債の双方で供給圧力が高まるとの見方が広がり、債券市場全体にストレスがかかりやすい状況となっている。さらに足元では、米国によるイラン攻撃が再開され、原油価格にも上昇圧力がかかっている。エネルギー価格の上昇はインフレ期待を刺激し、長期金利を押し上げる要因となる。問題は、こうした懸念に対する根本的な解決策が示されていないことであろう。市場が求めているのはその場しのぎの市場安定策ではなく、財政やインフレに関する中長期的な処方箋である。

市場が求めているのはバイバックではなく財政健全化

こうした中、ベッセント財務長官は米国債バイバックの増額を決定した。流動性改善や市場機能の維持という観点から一定の効果は期待できるものの、それによって債券市場の本質的な不安が取り除かれるわけではない。市場が求めているのは需給対策ではなく、財政健全化への道筋である。

現在の米国債市場では、「財政リスクプレミアム」の存在が無視できなくなりつつある。政府債務残高が膨張する中、投資家は将来の国債増発リスクやインフレ再燃リスクを意識し、より高い利回りを要求するようになっている。市場はバイバックという対症療法ではなく、債務残高の安定化や財政赤字の抑制に向けた具体的なロードマップを求めているのである。

また、この認識が市場に定着すれば、FRBによる金融政策運営だけで長期金利を安定化させることは難しくなるだろう。実際、ウォーシュ議長の発言がタカ派的だと捉えられ、利上げ観測が高まり、インフレ懸念が弱まっても長期金利が十分に低下しない場面が増えている。

日本への要求だけでは問題は解決しない

ベッセント財務長官は最近、日本の金融政策や円相場に対する発言を繰り返している。日銀の利上げによって円安圧力が一巡すれば、日本国内のインフレ懸念が和らぐという見方自体には一定の合理性がある。実際、円安は輸入物価上昇を通じてインフレ率を押し上げてきたため、利上げによって円相場が安定すれば物価上昇圧力は緩和しやすくなるだろう。

しかし、日本の利上げが長期金利の低下につながるかどうかはそれほど単純ではない。利上げによるインフレ期待の抑制は長期金利の低下要因となる一方で、政策金利の引き上げそのものがイールドカーブ全体を押し上げる要因にもなる。どちらの効果が優勢となるかは明確ではない。

むろん、円安圧力を完全に制圧するような大幅な利上げが行われれば、日本の長期金利は結果として低下する可能性がある。しかしその場合、金融引き締めによる景気への悪影響が無視できなくなる。つまり、その際に生じる金利低下はインフレ懸念の沈静化によるものではなく、景気悪化懸念によるものとなる公算が大きい。ベッセント財務長官は日本の金利低下に安堵するのではなく、日本発の景気減速懸念や株式市場の調整という新たなリスクに向き合うことになるだろう。

また、米国にとって最大の課題が米長期金利の上昇抑制である以上、米国債売りが意識されやすいドル売り・円買い介入も歓迎されにくい。少なくとも短期的にみれば、日本側がグローバルな長期金利上昇問題を解決するためにできることは限られている。

ベッセント財務長官と高市政権の違い

結局のところ、現在の金利上昇局面を終わらせるためには、米国発の上昇要因が抑制されなければならない。債務問題への不安や原油高によるインフレ懸念が続く限り、世界的な長期金利上昇圧力は残り続けるだろう。

筆者のメインシナリオは、ベッセント財務長官が説得力のある財政健全化策を提示することである。その場合には、①財政リスクプレミアムの低下、②将来の内需縮小観測を通じたインフレ懸念の抑制、という二つの経路によって長期金利の上昇圧力を和らげることが可能になると考えている。

足元では、ベッセント財務長官が「この状況から抜け出す唯一の方法は、成長によって抜け出すことだ」(アクシオスより筆者訳。以下同)と述べたことが注目を集めている。アクシオスによれば、同長官は「規制緩和や民間部門の成長を促進する政策を、G20各国がより広く受け入れるべきだと主張した」という。さらに、「ベッセント長官はこの成長重視のアジェンダを米国の有力企業幹部が集まる場に直接持ち込み、金融規制の緩和と、政策形成における民間部門のより大きな役割を求めた」と報じている。

筆者が注目しているのは、「成長」という言葉の中身である。ベッセント財務長官が想定しているのは、政府支出による需要創出ではなく、規制緩和や投資環境の改善などを通じて民間部門の成長力を高めることである可能性が高い。少なくとも、積極財政による成長を企図している高市政権とは異なるスタンスである。高市政権が積極財政による財政拡張を起点とした成長を重視しているのに対し、ベッセント財務長官は民間部門による供給力拡大を重視しているようにみえる。言い換えれば、高市政権が「政府主導型の成長」を志向しているのに対し、ベッセント財務長官は「民間主導型の成長」を目指しているのであろう。

その意味では、仮にベッセント財務長官が今後本格的な財政健全化策を打ち出した場合、それは追加的な財政拡張と成長の両立を目指す高市政権型のアプローチではなく、政府部門の肥大化を抑制しながら民間投資や生産性向上を通じて成長を実現する方向になる可能性が高い。市場が期待しているのも、そのような財政戦略の明確化であろう。

もっとも、こうした方向性が市場から十分な信認を得られなければ、リスクシナリオが現実化する可能性もある。債券市場のストレスを緩和するコミュニケーションが欠如した場合、長期金利の上昇が止まらず、株価が大幅に調整し、景気悪化懸念が高まり、その結果としてようやく金利上昇が止まるという展開である。世界経済にとって望ましいのは成長と財政健全化の両立によるソフトランディングである。しかし、その実現のためには、ベッセント財務長官が市場に対してどれだけ明確な財政ビジョンを示せるかが最大の焦点になるだろう。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)