事例比較から得られる共通点

六つの事例は、都市部の雨水対策、広い水系での協議、農地の活用、広域避難など、異なる場面を扱っている。ここでは、事例に共通する点を整理し、非沿川住民を流域治水の中でどのように位置づけるべきかを考える。

1|川からの距離ではなく、暮らしのつながりで考える

流域治水の対象を川沿いの危険な場所だけに限ると、水害が暮らしに及ぼす影響の全体像を捉えられない。鶴見川や大和川では、住宅地や公共施設が雨水の流れを左右する。木曽川や淀川では、広い範囲で同じ情報を共有し、関係者が協議することが必要となる。田んぼダムでは、上流の農地での取組が下流の都市を守る。江東5区では、浸水区域の外にいる人や施設も避難者の受け入れを担う。住民の役割は、川からの距離ではなく、水、インフラ、人の移動、物資の流れとのつながりによって決まる。

2|住民に求める役割を場面別に示す

「住民参加」という言葉だけでは、何をすればよいかが分かりにくい。平時の雨水対策では、敷地や建物から流れ出る水を減らす。まちづくりでは、土地利用や公共施設の配置について合意をつくる。日常生活の備えでは、備蓄や在宅継続の準備、要配慮者への支援を進める。災害時には、早めの避難、移動や買い物の抑制、広域避難への協力を行う。場面ごとに役割を分けて示すことで、住民が取るべき行動を具体化できる。

3|取組の数だけでなく、実際の効果を測る

流域治水の進み具合を判断するには、取組を四つの段階で確認すると分かりやすい。第一は、予算、施設数、貯留容量、参加団体数など、対策に投入したもの。第二は、協議会、情報公開、訓練、住民説明など、対策を進める過程。第三は、雨水対策を行った面積、田んぼダムの取組面積、避難計画の対象人口など、実際に整備・作成されたもの。第四は、流れ出る雨水が減ったか、浸水戸数や断水期間、交通混雑、避難の遅れが減ったかという最終的な効果である。特に第四の効果まで確認することが重要である。

4|危険情報を具体的な行動につなげる

水害の危険性を伝えるだけでは、住民の行動は十分に変わらない。先行研究が示すように、対策の効果を理解でき、自分にも実行でき、費用や手間を受け入れられると感じられることが重要である。非沿川住民には、「自宅が浸水するか」だけでなく、「断水しても何日暮らせるか」「通院できない場合の代替手段はあるか」「計画運休時に勤務先はどう対応するか」「自宅に降った雨はどこへ流れるか」といった、具体的な行動につながる情報を示す必要がある。

川から離れた住民を組み込む制度設計

以上の考察から、非沿川住民を流域治水に組み込むためには、(1)生活への影響が分かる情報を示すこと、(2)住民の役割を具体的に伝えること、(3)利益と負担の偏りを調整すること、(4)取組の効果を継続的に確認すること、という四つの方向が重要である。

第一に、自治体は、浸水の深さを示すだけのハザードマップから、生活への影響も分かる地図へ発展させる必要がある。水道施設、下水処理場、ポンプ場、主要道路、鉄道、病院、薬局、福祉施設、物流拠点、避難先、給水拠点を重ねて示せば、自宅が浸水しなくても何が止まり得るかを理解しやすい。川から離れた住民に、自分の暮らしがどの施設や経路に支えられているかを伝える情報となる。

第二に、住民の役割を時期ごとに分けて示す必要がある。平時には、雨水タンクや浸透施設の設置、緑地の保全、備蓄、要配慮者支援への協力がある。まちづくりの場面では、開発時の雨水対策、調整池の維持、公共施設の配置、土地利用の見直しへの合意がある。災害が近づいたときには、早めの広域避難、移動や買い物の抑制、自宅にとどまれるかの判断がある。復旧時には、給水支援、在宅の要配慮者の確認、通勤・通学を再開する時期の調整がある。

第三に、利益を受ける地域と負担する地域の違いを分かりやすく示し、調整する必要がある。田んぼダムや上流での貯留では、農地や上流地域が維持管理や操作の負担を担い、下流の都市が浸水リスク低下の利益を受けることがある。この場合、協力金、維持管理への支援、農地保全、技術支援、効果の共有などを通じて、下流の受益者も取組を支える仕組みが必要である。

第四に、協議会や計画を作ったことだけでなく、実際に被害が減ったかを継続的に確認する必要がある。協議会の開催、工程表の公表、参加機関の拡大は重要であるが、それだけでは成果は判断できない。雨水をためられる量、流出を抑えた量、浸水想定の変化、避難所の混雑、断水期間、交通の復旧、医療へのアクセスなどを継続的に公開すれば、住民も対策の意味と効果を理解しやすくなる。

おわりに――川から離れた住民も流域治水の担い手

川から離れて暮らす住民にとっても、流域治水は遠い場所にある川の管理だけの問題ではない。水害は、住宅の浸水だけでなく、断水、道路や鉄道の停止、商品の不足、医療・福祉サービスの低下として、浸水区域の外にも影響を及ぼす。また、自宅や地域で雨水をためること、まちづくりに関わること、備蓄すること、災害時に移動や買い物を控えること、広域避難に協力することは、流域全体の被害を小さくすることにつながる。

六つの事例からは、都市部の雨水対策、広域的な協議と情報共有、学校や公園の活用、農地との役割分担、自治体の境界を越えた避難など、住民が関わる多様な場面が確認できた。非沿川住民を流域治水の外にいる人と考えるのではなく、生活を支える仕組みと災害時の行動を通じて流域に関わる担い手として位置づけることが、流域治水の実効性を高めるために重要である。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 社会研究部 研究員 島田 壮一郎 )