■要旨

・店舗は、現金とキャッシュレス決済の二重のコストを抱えている。
・硬貨増産や業者破綻が、店舗の残るコストと新たなリスクを示す。
・店舗の総コストの視点からキャッシュレス化を捉え直す。

キャッシュレス化は、店舗のコストを減らすのか

この数か月間、決済をめぐる対照的な2つの事象に接した。1つは、キャッシュレス化が進むなかでの、11年ぶりとなる1円硬貨の増産である。もう1つは、加盟店に代わって複数のキャッシュレス決済の導入・運用や、売上・入金管理などを支援する決済代行業者の経営破綻である。

キャッシュレス化が進めば、現金を扱う手間が減り、店舗のコストは下がっていくと考えられがちである。しかし現実には、現金にクレジットカードが加わり、電子マネーやQRコード決済が重なり、更にはステーブルコインなどの新たな手段も登場しつつある。既存の手段は簡単には淘汰されず、決済手段はむしろ積み重なっていく。この環境の下で、店舗が決済を受け入れるためのコストは、単純には減ってはいかない。

本レポートでは、消費者の利便性ではなく、各種決済を受け入れる「店舗側のコスト」に着目する。そして、キャッシュレス化の進展を、決済に占める比率だけでなく、店舗が負う総コストの観点から捉え直すことを試みたい。冒頭に挙げた1円硬貨の増産と決済代行業者の破綻は、この「減らないコスト」「増えるコスト」の具体例として、後段で改めて取り上げる。

店舗が負う決済コストの構造

店舗が負う決済コストを、キャッシュレス決済に伴うものと、現金決済に伴うものに分けて整理する。

まず、キャッシュレス決済のコストである。設備面では、複数の決済手段に対応するマルチ決済端末やセルフレジの導入・更新、通信回線、保守、POSシステムとの連携などの固定費がかかる。直接的な費用としては、決済のたびに決済事業者へ支払う加盟店手数料が発生する。更に事務・オペレーション面の負担も伴う。決済事業者ごとに締め日、入金日、手数料、明細の形式が異なるため、店舗はPOS上の売上、各事業者の決済明細、銀行口座への入金の照合などを行わなければならない。返品や取消が発生すれば、事業者やシステムに応じた処理が必要になり、従業員教育や顧客対応も伴う。

一方、現金決済のコストも、現金授受を行う限りは継続的に必要となる。両替手数料などに加え、釣り銭の準備、計数、銀行への入金、防犯といった業務である。ここで重要なのは、キャッシュレス決済が普及して現金の取扱量が減っても、現金対応を維持するためのコストが同じ割合で減るとは限らないことである。現金を授受する以上、取扱量が大幅に減っても、レジや金庫、締め作業や防犯といった基本的な対応は残ることになる。

すなわち、店舗はキャッシュレスと現金の両決済のコストを、併せて負担することになる。キャッシュレス化は、現金コストを直ちに「ゼロ」にするものではなく、現金対応のコストが残る一方で、新たなコストが加わることになる。とりわけ、端末や会計システムを統合し事務を自動化できる大手企業に比べ、小規模店舗ほどこの二重の負担が重荷となりやすい。

「減らないコスト」と「増えるコスト」:2つの具体例

冒頭に挙げた2つの事象は、いずれも、キャッシュレス化が進んでも店舗の決済コストが単純には減らないことを、異なる角度から映し出している。

<1円硬貨の増産~減らない現金インフラのコスト~>

1円硬貨の増産は、報道によると、セルフレジや自動釣り銭機の普及と関係している。省人化のために現金の授受を機械へ移すと、実際の取扱量とは関わりなく、釣り銭を正確に払い出すため、機器ごとに一定量の硬貨を装填しておく必要が生じる。こうした機器内での硬貨需要が、増産の一因になったとみられる。これは、現金決済の件数という「フロー」が減っても、現金の取扱いを維持するための「ストック」や設備は簡単には減らない、という現金コストの性質をよく表している。省人化を目的とした投資が、別の形で硬貨需要を残すという側面もある。デジタル化を進めながら現金も併用する限り、「現金インフラを維持するためのコスト」は消えず、形を変えて残り続ける。これは、前章で述べた「減らない現金コスト」の一例と考えられる。

<決済代行業者の破綻~増える事務負担への対応と新たなリスク~>

前章で見たように、決済手段が増えるほど、店舗の事務・資金管理の負担は膨らむ。この煩雑さを軽減する手段として広がってきたのが、決済代行業者の利用である。決済代行業者を通じて複数の決済手段をまとめて管理すれば、店舗は各事業者との個別対応が減り、入金の管理も一定程度集約できる。更に、通常の入金日より前に売上代金を受け取れる早期入金サービスは、店舗の資金繰りを支える。ただし、これにもコストが掛かり、注意すべき点もある。代行サービスの利用料や手数料が発生し、早期入金などの付加サービスを利用すれば、その分の負担も上乗せされる。加えて、売上代金の立替や早期入金を伴うサービスでは、店舗への入金が当該業者の信用力に依存することになる。今回の経営破綻は、こうした立替・早期入金型のサービスに依存する場合、仲介事業者の信用力が加盟店にとってのリスクとなり得ることを示した。ここで問題となるのは、増える事務負担への対応策として選んだ手段が、新たなコストとリスクを伴うという、店舗にとっての選択の難しさである。

キャッシュレス化を「総コスト」で評価する

以上のように、キャッシュレス化が進んでも、店舗の決済コストが減っていくとは限らない。現金コストを負ったまま、キャッシュレス決済の手数料や設備費、事務負担、そしてその負担を軽減するための代行サービスの費用が積み重なる。1円硬貨の増産は前者(減らない現金コスト)を、決済代行業者の破綻は後者(増えるコストとその対応に伴うリスク)を、それぞれ具体的に示している。

これを踏まえると、店舗にとっての課題は、決済手段を求められるままに増やすことではない。複数の決済を1台の端末で処理し、POS、会計、入金データを連携させるなど、増えた決済手段を低コストで管理できる仕組みを整える必要がある。決済代行業者を利用する場合には、その手数料水準に加え、立替・早期入金型では決済代行業者の財務の健全性も考慮する必要がある。

そして、キャッシュレス対応の進展を測る際にも、決済に占める比率の上昇を求めるだけでは十分ではない。現金管理、売上照合、従業員教育、障害対応、資金繰りまで含めた「店舗側の総コストの変化」も併せて把握することにより、キャッシュレス化による店舗経営への影響が見えてくる。

現金とキャッシュレスが併存する現在は、いわば両者のコストが重なり合う過渡期にある。レジ前で消費者が享受する「選べる便利さ」の裏側で、この便利さを支える店舗側の負担構造にこそ目を向ける必要がある。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 上席研究員 新美 隆宏)