「時間を買う消費」の拡大

時間制約社会は、消費の姿を変えます。総務省「家計調査(2025年)」によると、核家族世帯(夫婦と未婚の子二人の世帯)における「調理食品」への月平均支出は、共働き世帯で13,521円、専業主婦世帯で13,268円と、共働き世帯がやや上回っています。「家事サービス」への支出では差がより明確で、共働き世帯928円に対し、専業主婦世帯は611円にとどまっています。

「作る」から「買う」、「選ぶ」から「任せる」、「所有」から「利用」へ。ミールキットやフードデリバリーの定着に加え、洋服や家電のサブスクリプションサービスが広がる背景にも、購入・管理・処分にかかる手間を省き、時間を生み出したいというニーズがあります。こうした消費の変化は、時間制約社会の到来を映す鏡とも言えるでしょう。

かつては「贅沢」や「手抜き」として捉えられがちだったこうしたサービスも、世帯構造が大きく変わった今では、時間という有限な資源をより価値の高い使い方に振り向けるための選択として受け入れられているように見えます。時間対効果を重視する意識が広がる中、その価値はますます高まっていくのでしょう。

お金で時間を買い、生み出した時間を家族との団らんや自己投資、休息に充てる。そこには、豊かな時間を過ごすことへの意志があります。消費者は怠惰になったのではなく、限られた時間をより賢く配分するようになったのではないでしょうか。

「時間を買う消費」の広がりは、時間制約社会に適応するための生活者の工夫でもあります。消費とはモノを手に入れる行為であると同時に、限られた時間をどう使うかを選ぶ行為にもなりつつあるのです。

時間制約社会を前提とした社会設計へ

こうした変化は、消費者個人の行動にとどまりません。企業や行政を含めた社会の仕組みにも見直しを迫っています。最近では、夕食の宅配サービスや家事代行サービスを福利厚生のメニューに加える企業が出始めています。これらは時間制約社会に対する企業側の応答とも言えます。

背景には、雇用モデルそのものの転換があります。かつては「家庭のことは配偶者に任せられる」ことを前提に設計されていた働き方が、もはや機能しなくなっています。企業が働き手から「労働力を得る」だけでなく、「生活を一緒に支える」方向へと役割を拡張しつつあるのは、こうした現実への応答と言えます。採用・定着コストが上昇するなか、生活支援は優秀な人材を引きつける競争力にもなりつつあります。福利厚生の対象が「仕事の周辺」から「生活全般」へと広がっているのは、こうした複合的な背景があると考えられます。

今、「働きやすい職場」の定義は、育児休業や時短勤務にとどまらず、「生活全体を支える仕組み」へと広がりつつあります。少子高齢化・人口減少が進むなかで、時間制約はさらに広がっていくでしょう。共働き化、単身化、高齢化。一見すると別々の社会変化に見えますが、その底流に共通しているのは、時間という資源の希少化です。

「時間制約社会」という視点から消費と暮らしを読み解くことは、これからの日本社会の変化を理解する上で欠かせない視座となるでしょう。家計のデータが示す小さな変化の一つひとつは、時間の使い方をめぐる人々の試行錯誤であり、時代の転換の兆しでもあります。

時間制約はもはや個人の努力だけで解決できる問題ではありません。その前提に立って働き方やサービス、地域の仕組みを設計していくことが、これからの社会には求められているのではないでしょうか。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 上席研究員 久我 尚子)