中国コンテンツはいつの間に進化したのか
中国のコンテンツは、いつの間にここまで発展したのだろうか。
筆者が過去に観た/読んだことがある中国の作品は限られているため、主観が多分に含まれるが、世界に通用する中国コンテンツのポテンシャルは、早くから存在していたと思う。
例えば、改革開放後の1980年代以降、映画監督の張芸謀(チャン・イーモウ)や賈樟柯(ジャ・ジャンクー)、小説家の莫言(モー・イエン)など、映像美や独特の表現手法などで世界的に高い評価を受けた中国のアーティストもいれば、ジャッキー・チェンの映画のようにエンターテイメント性の高いアクション作品もあった。
2000年代から2010年代前半にかけて、中国語学習の教材として『家有兒女(Home with Kids)』(2005年)のようなホームコメディや、『嬉羊羊と灰太狼』(2005年)のような子ども向け定番アニメ、『宮廷女官 若曦』(2011年)のような宮廷ものドラマなど娯楽作品の幅が広がった印象だ。
もっとも、これらの作品が、中国に関心のない日本の視聴者にとっても、日本のアニメや韓国のドラマに対して遜色のない水準だったかというと、必ずしもそうではなかった。
当時、知的財産権に対する意識はまだ十分に浸透しておらず、海賊版やキャラクターのパクリも日常茶飯事という社会状況において、中国のコンテンツは、質の面でまだまだ発展途上にあった感は否めない。
オリジナリティが高く、良い意味で「中国っぽくない」あか抜けた作品やアーティストが目立つようになってきたのは、2010年代後半頃からではないだろうか。
中国コンテンツはどのように進化してきたのか
中国コンテンツが今日のレベルまで進化するに至った具体的な経緯は、ジャンルによって異なるため、十把一絡げに語ることは難しいが、俯瞰してみると、改革開放後、約50年にわたる中国の変化という大きな流れとともに進化してきたことは間違いなさそうだ。
典型例として挙げられるのはアニメだ。
アニメは中国でも古くから制作されており、ポピュラーな作品としては、1980年代の『黒猫警長』や1990年代の『西遊記』、2000年代の『喜羊羊と灰太狼』が挙げられる。
ただ、これらはいずれも子ども向けの素朴な作品で、当時の日本のアニメと比べ、作品の多様性や質などの面で劣っていたことは否めない。
これに対して、政府による限定的な放映や海賊版など様々な形で日本から流入したアニメ文化が中国の子どもや若者を主とする消費者に刺激をもたらしたとともに、豊富で安価な労働力を背景に、日本などからのアニメ作画の下請けを数多く経験することで、中国のアニメ制作にかかわる技術が向上した。
また、2000年代以降、様々なアニメ産業振興策が打ち出され、アニメ産業の発展に一定程度貢献したことが指摘されている。
さらに、2010年代以降は、中国のプラットフォーマーが、配信チャネルの提供者と制作資金の出し手として存在感を強めている。
冒頭で紹介したアニメ『時光代理人』も、中国の代表的な動画プラットフォームのひとつである「bilibili」が配信しており、制作にも関与している。
もうひとつの例として、音楽についても同様の過程が見て取れる。
山本(2024)等によれば、1978年の改革開放後には国営ラジオや外国人留学生等、1990年代にはプラスチックの加工原料として欧米から輸入された廃棄カセットテープやCD(に穴を開けたもので、「打口」と呼ばれる)、2000年代にパソコンやインターネットの普及が進んでからは違法MP3ファイルと、媒体を変えながら欧米等の音源が中国に広まり、中国人の耳が肥えていった。
そして、海外音楽の普及に伴い、中国の中からもアーティストや音楽批評家が生まれるようになり、時代が下るにつれてオーディション番組のヒットなどを通じてジャンルの多様化も進んだ。
また、アニメと同様、近年ではプラットフォーマーがオーディション番組の制作や音楽の配信といった役割を担い、音楽産業の発展に貢献している。
なお、政府がどのような役割を果たしたかは定かではない。
音楽の世界で海賊版の取り締まりといった環境整備の取り組みは一定の評価ができるが、どちらかと言えば、他のジャンルに比べて表現の自由と結びつきが強いロックやラップ・ヒップホップに対する規制強化のほうが(悪い意味で)インパクトが強いとの印象を受ける。
以上は、アニメと音楽に限り発展の経緯を叙述したものだが、分析的にみるとどうだろうか。
需要側に関しては、まず、対外開放拡大による海外からの文化の流入により現代的なコンテンツに対する中国の消費者のニーズを喚起したといえる。
加えて、急速な市場経済化による所得水準の向上に伴い、いわゆるミレニアル世代やZ世代に代表される各時代の若者を中心にニーズの高度化・多様化が進んだことがコンテンツの発展を後押しした。
一方の供給側に関しては、そうした海外の文化やノウハウを才能ある中国の人材が吸収、消化することで、国全体としてコンテンツ制作のキャパシティが向上するとともに、インターネットの普及やプラットフォーマーの台頭によりコンテンツ流通の基盤が発達したことが発展を加速させたと考えられる。
これら需給両面の変化のほか、中国の産業振興策(例えば「中国製造2025」)や、他国のコンテンツ産業支援策(例えばクールコリアやクールジャパン)と同様、政府による様々な政策や規制もコンテンツの発展過程を考えるうえで無視できないファクターとして指摘できよう。

