世界の警察官となって疲弊した米国

第二次世界大戦後、米国は国際連合の常任理事国となり、欧州と距離をとることで地域の覇権を維持するモンロー主義から変節することになる。

その背景には、①戦闘機やミサイル、潜水艦、核兵器など軍事技術の飛躍的な発達により、地域の安全保障確立のためには敵対勢力に対して積極的に関わる必要が出てきたこと、②ソ連をはじめとした共産主義勢力との対立が明確になったこと、が挙げられる。

こうした国際情勢の変化は、欧州との分断を謳ったモンロー主義を、共産主義からの分断(侵入阻止)という形への変化を促した。

同時に、軍事技術の発展への対応の必要性(東欧諸国に対するNATOや、東アジアにおける日本や韓国、フィリピンなどの米軍基地維持など)と、世界における米国の圧倒的な経済力は、米国を「西半球の警察官」から「世界の警察官」へと押し上げ、必然的に米国は国際舞台の主役に躍り出た。

しかし、これによる経済的負担の大きさは米国の財政悪化として現れ、経済は徐々に疲弊していく。

日本やドイツといった第二次世界大戦の敗戦国が急激に経済力を高める一方で、米国経済の相対的な優位性も失われていく。

自由主義の象徴である米国への移民は、安価な労働力として米国経済の衰退を補う一方で、既存労働者の雇用を奪い、社会問題化していった。

冷戦の終結は、一見すると米国を勝利者としたようにも見えた。

しかし、グローバル化の波は米国の産業構造の変化を促す。

具体的には、製造業の衰退は加速する一方、金融やハイテク関連産業が稼ぎ頭となった。

これにより、米国の“伝統的な産業”に従事していた労働者の多くが職を失う。

低賃金で働く移民の更なる増加も相まって、高いスキルや資産で稼ぐ高所得者と、そうでない者との所得格差はさらに拡大した。

一方で、旧東側諸国は民主化で立て直しを図る国もあれば、波に乗れずに混乱に陥る国もあったが、中国は民主化の流れを抑え込み、共産党による支配の下で市場経済を取り入れることで、飛躍的な経済成長を遂げる。

特に2001年にWTO加盟を果たした後は「世界の工場」として所得水準が向上し、その後は「世界の消費地」として、海外資本の流入をテコに高成長を維持、2010年には日本の経済規模を超えて米国に次ぐ世界第2位の経済大国に躍り出た。

以後、絶望的な所得格差という問題を抱えながらも、表面的には金融やITのグローバル産業が牽引する米国と、市場主義的に民間資本をテコに高成長しながらも、民主化を抑え込み共産党による独裁的な政治が主導する中国との格差は、目に見えて縮小していく。