テレワーク後進国であった我が国においても、コロナ禍の中で多くの企業が緊急導入した在宅勤務でのテレワークは、コロナ収束後も、多様な働き方の1つとして、一定程度定着してきた。産業界で在宅勤務の活用が続く中、テック企業が主として分類される「情報通信業は在宅勤務との親和性が高い・相性が良い」とよく言及される。筆者は、そのような指摘が的を射ているとは思わない。 

確かに「情報通信業でのテレワーク実施率は相対的に高い」との調査結果は多い。情報通信業は、対面での接客が必須のサービス業などと異なり、最終的な成果物がデジタルデータであり、多くの業務プロセスもデジタル上で完結するため、一見すると場所に依存しない業種とみなされがちだ。

しかし、それならなぜ、米国有数のテック大手の経営者は揃って、コロナ禍での全面的な在宅勤務体制から、コロナ後に出社中心の働き方に社員を戻すのか。例えば、テスラ、スペースX、Xを率いるイーロン・マスク氏は、早くも2022年に週40時間以上の出社を義務付け、在宅勤務に否定的な見方を示した。またアマゾン・ドット・コムを率いるアンディ・ジャシー氏も、出社の利点を確信し、25年から原則として週5日フル出社を求めた。オープンAIを率いるサム・アルトマン氏も、在宅勤務に否定的で出社勤務を重視する。世界最大のクラウドベンダーでもあるアマゾンなら、コーポレート・技術開発系の全社員を無期限でフルリモートワークとしてオフィスを手放し不動産コストを大幅削減することも、技術的には容易いだろうが、同社はコロナ禍の中でもあえて従業員増員に合わせてオフィス増床をきっちりと行ってきた。

一方、グーグルは、22年に出社とテレワークを併用するより柔軟なハイブリッドワークをいち早く取り入れたが、出社に重きを置くため週3日以上の出社を求めた。アップル、メタ、マイクロソフトも同様の体制に移行している。筆者も、「イノベーション創出の起点や経営理念・企業文化の象徴と位置付けられるオフィスの機能は、テレワークでは代替できず、オフィスの重要性はコロナ前後で何ら変わらない。コロナ後の平時の働き方として、企業は週3日以上の出社をガイダンスとして推奨することが望ましい」と20~21年にいち早く提唱した。

そもそも人間は、リアルな場に集いコミュニケーションを交わしながら信頼関係を醸成し、共鳴・協働して画期的なアイデアやイノベーションを生むことで社会を豊かにし、幸福度を高めてきた。このことは、変えようとしても変わらない「人間の本性に根差した人間社会本来の在り方」だ。イノベーション創出には、感情が見えにくく参加意識も希薄となりがちな仮想空間でのやり取りだけでは限界があり、いつの時代もリアルな場での濃密なコミュニケーションが欠かせない。

この点をしっかりと理解しオフィス戦略にこれまで取り入れてきたのが、米国のテック大手だ。これらの企業では、「オフィスの重要性」を企業経営の原理原則と捉えた上で、「office-centric culture(オフィス中心の文化)」として企業文化にまで昇華させていることが特筆される。例えば、グーグルおよびアルファベットを率いるサンダー・ピチャイ氏は、「社員間でコラボレーションしコミュニティを構築するために直接集まることは、グーグルの文化の中核であり、今後も我々の将来の重要な部分となるだろう」と述べている。

「情報通信業は在宅勤務との親和性が高い」とは、「パンデミックや災害など緊急時に在宅勤務を強いられた場合、デジタルツールを駆使して相対的にスムーズに業務を続行できる容易性」を表すにすぎない。在宅勤務は、コーディングやプログラミングだけに集中するには最適だが、優れた製品サービスをより早く生み出すための最適な働き方とは限らない。例えば、画期的なアイデアを生み出す最初のステップとして、オフィス内の休憩・共用スペースなどでの他部門の社員との交流・つながりは欠かせない。

さらにソフトウェア開発に大きな変革が起こっている。その開発手法の主流は、開発工程を順番に進めていく「ウォーターフォール型」から、小さな単位で開発と検証を繰り返す「アジャイル型」へ移行している。アジャイル開発の実践のための枠組みとして世界的に支持を集める「スクラム」手法では、10名以内のチームで1~4週間の開発サイクル(スプリントと呼ぶ)を繰り返す。オフィス内の近接した場での開発メンバー間の円滑なコミュニケーションが肝となる手法だ。

アマゾンやテスラなどフル出社を求める企業は、「少数派で限定的な事例」と捉えるべきではない。出社に重きを置くハイブリッドワークを実践するテック大手を含め、AI(人工知能)・自動運転や量子コンピューティングなど世界最先端のイノベーションをけん引し続ける、これらの米巨大テック企業の経営者の考え・発言には重み・説得力がある。我が国でも在宅勤務が一定程度定着する今こそ、日本の経営者には、これらの経営者の考え方に耳を傾け、オフィスというリアルな場に集い信頼関係を醸成し協働することの重要性を再確認してほしい。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究 社会研究部 上席研究員 百嶋 徹)