共通の現実認識の希薄化による社会的信頼の低下

社会学的には、社会的信頼は相手がどのように振る舞うかについての共有された期待(最低限の共通理解)があって初めて成立し、信頼は社会生活の不確実性を縮減して協力や相互作用を可能にすると整理されている(Lewis & Weigert,1985)。

フィルターバブルが進むと、各人が接触する情報環境が分断され、会話が噛み合わない経験が増える可能性がある。これはウェルビーイング(特に信頼・協力・対話可能性等)に影響し得ると考えられる。

以上を踏まえると、フィルターバブルをウェルビーイングの問題として扱う際の要点は、影響が一様にプラス/マイナスと断定できず、時間軸によって変化し得る点にある。

短期的には同意的情報に囲まれると認知負荷が下がり、安心感・納得感が増し、ウェルビーイング(特に情動・生活評価等)が高まり得る一方で、長期的には同じ快適性が持続し、多様な視点との「安全な接続」が欠けると、ストレス対処や日常生活の調子(睡眠等)といったメンタルヘルスや、ウェルビーイング(特に信頼・協力・対話可能性等)が損なわれ得る。

ただし、影響は個人差・SNS等の使い方・環境要因に依存し、因果推定は複雑であることは留意が必要である(U.S.Surgeon General,2023;APA,2023;WHO Europe,2024)。

したがって対策は、「パーソナライズを止める/多様な情報を浴びせる」といった単純な対策ではなく、短期的な便益を壊しすぎずに長期資源を守るような設計を構築する必要があると考える。

個人、プラットフォーム側での対策の方向性

本章では、①利用者側(個人)のセルフ・ガバナンス、②プラットフォーム側の設計対応を整理する。

前章までの議論から明らかなように、フィルターバブルは「便利さ」「心地よさ」と背中合わせであり、対策は「便利さや心地よさを残しながら、偏りと敵意の増幅を抑える」設計でなければ実装されにくい。ここでは、その現実性を担保する形で方向性を提示する。

利用者側(個人)のセルフ・ガバナンス

フィルターバブルは情報の偏りが徐々に形成されるため、本人が変化を自覚しにくい。

したがって利用者側のセルフ・ガバナンスでは、まず「同じ結論の情報ばかりが続き、反対論点や一次情報に触れない」「心地よさや確信だけが増える」といった兆候を点検したうえで、以降の介入につなげることが重要である。

まず、同じテーマでも「反論」「限界」「別の説明」を含む検索を意図的に行い、自己強化ループに小さな切れ目を入れることが肝要となる。

自己強化ループへの対応としては、SNS内の情報だけで完結させず、一次資料(統計、公的機関の資料、原典)に戻る導線を意識することも方法の一つである。

続いて、感情反応の増幅に巻き込まれにくくするために、たとえばSNS等で強く反応した投稿ほど、即時拡散せず時間を置く等、拡散前にひと手間(ワンクッション)入れることも対策の一つとなる。

ここでのポイントは、個々の利用者の自制心に全面的に依存しないことである。

通知設定の見直し、ショート動画の連続自動再生を止める設定、休憩を促すリマインド、利用時間の上限設定(アプリタイマー等)を活用し、「意思の力」ではなく「環境の力」で衝動的な視聴・拡散が起きにくい状態をつくることが有効となり得る。

最後に、自身の「心地よさ」を検知指標にすることも有効な対策となる。

いつも快適で確信が強まる環境は、偏りの兆候になり得るが、短期的な便益を享受しつつも、長期の視点で「本当に心地よい状態かどうか」を自己点検し、必要であればSNS等から距離を置く、パーソナライズをリセットする等の行動も考えられる。

また、SNS等の利用者の低年齢化も進んでいるため、通知設定等の個人の工夫だけでは対応しきれない局面もある。

実際、諸外国では「未成年の安全確保」を個人の自助努力に委ねず、プラットフォーム側に設計・運用上の責務を求める方向で制度整備が進んでいる。

例えば、オーストラリアでは、Online Safety Amendment (Social Media Minimum Age) Act 2024により、一定のSNS等について16歳未満のアカウント保有を防ぐため、事業者が「合理的な手段(reasonable steps)」を講じることが求められる枠組みが導入されている。

未成年は情報環境の影響を受けやすく、機能設定や表示の意図を見抜く力も発達段階に依存するため、設計側の保護と並行して、使い方そのものを学ぶ機会が欠かせない。

そこで、セルフ・ガバナンスを個人の努力にのみ委ねるのではなく、家庭・学校における支援(教育的アプローチ)も必要だ。

とりわけ「安全な異質性」の訓練として、勝敗を競うディベート型の議論ではなく、前提の違いを言語化し相互理解を促進するファシリテーションを学習機会として組み込むことは、分断の抑制だけでなく、対人関係や市民性といったウェルビーイング資源の形成にも資する。