ブラックフライデーに見る"選ばない買い物"
一方で、ブラックフライデーの買い物は「大量の商品から何を選ぶか」という課題とも背中合わせです。
何千もの商品が画面に並び、価格やレビューを見比べるのは、時間も手間もかかります。
結果として多くの人は、ランキングや「あなたへのおすすめ」に頼るようになります。
いわば、膨大な選択肢に直面した消費者が、“選ばない”という選択をしているのです。
もっとも、この“選ばない買い物”は、決して受け身な行動ばかりではありません。
ECサイトなどで用いられているAIのレコメンド機能は、購買履歴や人気度を反映して、数えきれない候補を瞬時に絞り込んでくれます。
忙しい日々の中では、委ねる方が合理的だと感じる場面も少なくありません。
私自身、夕食づくりに追われながら「今年の冬用の子どものパジャマ」を探すとき、気づけばおすすめ機能に助けられています。
AIの提案が、“選ぶ時間”を節約してくれる瞬間です。
最近ではさらに、生成AIを活用した相談型ショッピングも芽生えています。
「小学生の子に合う学習机を、予算5万円以内で探したい」「通勤用に軽くてシンプルな冬のコートを見つけたい」、こうした曖昧なニーズを投げかけると、条件に沿った商品が提案されます。
ブラックフライデーのように商品群が膨大なときほど、この仕組みを心強く感じる人も多いでしょう。
検索よりも「会話」で探す時代。
生成AIは、消費者の行動そのものを静かに変え始めています。
便利さと向き合う眼差し
ただし、便利さの裏側には注意も必要です。
セールの高揚感にAIの後押しが加わると、想定以上に買いすぎてしまうリスクもあるでしょう。
レコメンドやAIの提案は「選択を助ける道具」である一方で、「判断を委ねすぎる危うさ」も伴います。
消費者に求められるのは、「AIに選んでもらう」ことと「自分で線を引く」こと、そのバランス感覚です。
小売業やプラットフォームにとって、差別化の軸は値引きの幅から「提案の質」へと移りつつあります。
単に安い商品を提示するのではなく、消費者の生活文脈に沿った提案をどれだけ届けられるか。
共働きや単身の忙しい生活者にとって、信頼できる“選ばない仕組み”は価格以上の価値を持ちます。
逆に、提案の透明性や納得感がなければ、アルゴリズムに任せる安心感は生まれません。
ブラックフライデーは、もはや単なる安売りのイベントではなく、Eコマースとアルゴリズムが交わる象徴的な場となっています。
そこには、家計防衛のための計画的な前倒し消費と、AIに導かれる“選ばない消費”が同居しています。
効率を優先しながらも、偶然の出会いや選ぶ楽しみをどう残すか。
この二つをどう折り合わせていくかが、これからの消費を考える上での鍵となるでしょう。
今後、AIの精度がさらに高まれば、消費者の“選ぶ負担”はいっそう軽くなるかもしれません。
一方で、何を自分で選び、何を委ねるのか。その線引きを、より意識的に行うことが求められる時代になりつつあります。
企業側にも、単なる売上の最大化ではなく、消費者が納得して選べる環境をどう整えるかが問われています。
ブラックフライデーという「消費のお祭り」は、そうした問いを映し出す鏡でもあるのです。
ふと立ち止まると、私たちの買い物は、得をすることだけでなく、誰とどんな時間を過ごすか、どんな体験を選び取るかに大きく関わっています。
AIに商品を提案してもらう未来は、忙しい生活を支える便利さであると同時に、私たちの“選ぶ時間”そのものを問い直すものでもあるのかもしれません。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 上席研究員 久我 尚子)
※なお、記事内の「図表」に関わる文面は、掲載の都合上あらかじめ削除させていただいております。ご了承くださいませ