(ブルームバーグ):ウォール街の企業はこぞって人工知能(AI)に投資しており、反復的で精神的に疲れる業務を最小限に抑えることができるともてはやしている。長時間続く単純作業に不満を漏らしていた若手バンカーは喜ぶべきなのかもしれない。
しかし、AIの台頭は安堵(あんど)感ではなく不安を引き起こしている。雇用が脅かされる懸念というだけでなく、単純作業を経験しないことで見逃してしまうものがあるのではないかという恐れだ。
スライド資料や売り込み資料の作成に伴う苦痛について、新人のアナリストたちが不満を漏らしていたことを考えると、この懸念は矛盾していると思われるかもしれない。
それでも、ジュニアバンカーらはAIが財務モデリングやデータ入力、取引書類の作成といった退屈な作業を代行できるのを見て、長年上司が使ってきた論法を持ち出し始めている。
泥臭い仕事も単なる通過儀礼ではなく、新人たちが仕事を覚える手段なのだ。アナリストが顧客と対等に渡り合えるようになるために必要なスキルと自信を身につけるのにも役立つ。
また、アナリストの中には金融業界での経験がなく歴史や心理学などを学んできた者もいるため、初歩的な業務を通じて細部への注意や、自分が今まさに足を踏み入れた業界の内部構造を学ぶことができる。
人材紹介会社DHRグローバルのグローバル金融サービス責任者ジーン・ブランソーバー氏は、「書類を読み、分析する。そこには学ばなければならないプロセスがある」と言う。
同氏はJPモルガン・チェースやバンク・オブ・ニューヨーク(BONY)メロンといったウォール街の顧客と40年にわたって仕事をしてきた。基礎的な作業を経験せずに顧客との会議に飛び込むことは、「若手バンカーに害をもたらす」と同氏は述べた。
人材育成
週に80-100時間働く若手バンカーにとって、どんな時間短縮ツールも最初はありがたく見えたかもしれない。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後の取引急増に伴い、ゴールドマン・サックス・グループの若手バンカーが抗議のスライドを作成したことで、アナリストの過酷な労働時間が広く注目を集めた。
その後、何人かの若手バンカーが死亡するに至り、金融機関は燃え尽き症候群への対策を講じ始めた。JPモルガンは昨年、若手バンカーの福利厚生を監督する役職を新設し、他の企業も週末の休みの確保や就業時間の制限を約束している。
一方、アナリストらは、上司の好みに添って書類のフォントをヘルベチカからタイムズ・ニュー・ローマンに変更したり、マージンを0.5インチ増やしたりといった退屈な作業を減らしてくれたとしても、午後5時からハッピーアワーを楽しんだり、週3.5日勤務に切り替えたりすることはまずないだろうと述べている。
オープンAIの対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」は生成AIへの投資の波を引き起こした。新しいテクノロジーを積極的に活用しようとする金融機関もこの波に飲み込まれている。
生成AIツールはその後、メールを自動作成するチャットボットから、ユーザーに代わって複雑なタスクを実行できるより高度な製品へと進化。例えばオープンAIは最近、リサーチアナリストのように行動するよう設計されたAIエージェントを発表した。
AIは多くのホワイトカラーの職業を一変させる可能性を秘めているが、金融業界はAIに大きく依存していることから、早期にその試金石になるかもしれない。
たとえAIがアナリストと協力するだけでアナリストを置き換えるものではないとしても、AIに頼ることでアナリストが昇進するに連れて効果的に業務を遂行するために必要になるスキルを身に付けることができないのではないかと多くの人が懸念している。
公に発言する権限がないため匿名を希望した若手バンカーへのインタビューから分かった。
ブリッジウォーター・アソシエーツのニル・バーディー最高経営責任者(CEO)は4日に開催されたブルームバーグ・インベスト会議で「多くの基本的な作業を機械に置き換えるのが可能な状態にあるが、それでは長期間にわたる人材育成はどうなるのか」と問いかけ、「つらい仕事をこなすことで、より高度で概念的な仕事ができるようになる」と語った。

ウォール街の大手企業やブティック型投資銀行は、生成AIツールを導入しており、一部は初期段階の試験運用中、一部はさらに進んだ活用を行っている。
シティグループの最高技術責任者のデービッド・グリフィス氏によれば、ジュニアバンカーらは同社の「Citi Stylus」ツールを使用して、「8-K」や「10-Q」など規制当局への提出書類やプレスリリース、パブリッククレジット契約書から主要情報を統合し、作業時間を大幅に短縮している。
モルガン・スタンレーの生成AIプログラムである「モルガン・スタンレー・デブリーフ」は、クリティカルシンキング(批判的思考)をあまり必要としない投資銀行業務を効率化していると、全社的なAI最高執行責任者であるアリシャ・レア氏はインタビューで語った。
ニューヨークを本拠とするブティック型投資銀行、PJTパートナーズでは、一部のバンカーが合併委任状や開示文書などの書類作成を支援するソフトウエアの試験運用に参加していると、事情に詳しい関係者が明らかにした。PJTの広報担当者はコメントを控えた。
「努力が必要」
投資銀行向けAIプラットフォームの一つ、「ロゴ(Rogo)」を開発したガブリエル・ステンゲル氏は、「AIを扱えない人材がAIを扱える人材に取って代わられることは疑いようがない」と述べ「これはまさに軍拡競争だ。バンカーを武装させなければ、新規株式公開(IPO)競争に勝つことはできない」と語った。
生成AIの推進者の中には、AIが瞬時にできる作業を何時間もかけて行う必要があると考えるのは、新米バンカーの誤解だと指摘する人もいる。
ルーティンワークを自動化することで、AIは単に業務フローを合理化するだけでなく、キャリア軌道を再形成し、アナリストが長年の単純作業をこなすことなく、より早く昇進できるようにすると、開発会社サナ・ラブスのジョエル・ヘラーマークCEOは述べた。
「これは専門家レベルの知識の民主化だ」という。
それでも、AIについてのソフトウエア開発者や一部の銀行幹部の考え方と、アナリストの考え方の間には依然として基本的な違いがある。
企業側は、この新しいテクノロジーを膨大な量の雑務を削減する方法と捉えているが、多くの若手バンカーは、基礎的な業務がなくなることは、長期的に見て自分たちを能力の低い従業員にすることになると考えている。
大学生の社交組織である「フラタニティーの新入会員のようなものだ。上の階級に行くためには努力が必要だ」とリクルーターのブランソーバー氏は述べた。
原題:Junior Bankers Say Grunt Work Matters as AI Takes On Hated Tasks(抜粋)
--取材協力:Todd Gillespie.もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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