沖縄の「平和教育」の原点 見つめ直すとき
戦争で帰らぬ人となった根川さんの父・盛照さんの名前は平和の礎に刻まれています。遺骨は見つかっていません。最後に目撃された糸満市摩文仁で亡くなったと推定されているだけで、詳しいことは分かっていません。
根川さんは、「(実態を)知らないことは恐ろしい。それが戦争を長引かせた」と教育の大切さを訴えていました。
今年は名護市辺野古沖で発生した転覆事故を契機に、平和教育について様々な議論が交わされています。沖縄の平和教育の起点には、多くの犠牲を出した戦争を繰り返してはいけないと、戦争体験者が求めた “平和への願い” があります。
戦後81年がたった今、先人たちが残してきた証言、戦後沖縄が歩んできた歴史を踏まえたうえで、この国が平和を描くときに、沖縄は取り残されてはいないだろうか、この国はどんな方向へ進もうとしているだろうかと考えることが、これからの平和教育においても必要な要素ではないかと感じました。
(2026年6月23日放送 RBC NEWSLink「#あなたの623」より)











