沖縄本島から西におよそ950キロ、台湾海峡に浮かぶ金門島。台湾に属しているものの、中国・福建省に近く、厦門の摩天楼を肉眼で捉えることができます。

中国大陸から伝わってきた文化も多く、レンガ造りの住宅には、赤い瓦や色鮮やかな屋根飾りが施されていて、福建省を起源とする閔南式建築がひと際目をひきます。

伊良波記者
「中国南部の文化を色濃く残す金門島では、集落の入り口で、どこか見覚えのある顔に出会うことができます」

大きく開いた目に、大きな口。シーサーのような顔立ちの石像は、風獅爺(フォンシーイェ)です。集落の守り神のような存在で、人々は線香を焚いて感謝と祈りを捧げます。集落ごとにその姿は異なり、カラフルなものも。その歴史は古く、明の時代に大陸から伝わったと言われています。

現地ガイド
「風が強いから風獅爺が風を食べている」

北東からの季節風が強く吹きつける金門島では、風獅爺が風を食べて災害を防ぎ、邪気を抑えると言われていて、そのためほとんどの風獅爺が北東の方角を向いています。そして特徴的なのがこのマント。

現地ガイド
「感謝の気持ちで、村人がマントをいつもつけている。1枚ずつずっとつけていった。今はまだ3枚だけど、多い時は10枚くらい着ている時もある」

風獅爺にはそれぞれ誕生日があり、人々は感謝の気持ちを込めて、大きなお祝いをするそうです。集落を守り、信仰の対象となっている風獅爺。沖縄の村獅子も、中国福建省から伝わったと言われていて、共通点があります。

沖縄で最も古い村獅子とされる富盛の石彫大獅子。琉球王朝の歴史書に、その起源が記されています。

【歴史書・「球陽」に記載されている内容】
「富盛村は、屢々(しばしば)火災に遭って、家屋を焼失して民其の憂いに堪えず。獅子形を建てて、八重瀬嶽に向けて火災を防ぐ」 ※八重瀬嶽は原文ママ

風水で、火災をもたらす火山(ふぃーざん)とされた、八重瀬岳。石獅子をその方向に向けて建てたところ、頻発していた火事が止んだとされていて、こちらも集落の守り神となっています。

こうした共通の文化を背景に、金門島へ沖縄からの観光客を誘致しようと企画された招待ツアー。直行便の就航も視野に、関係者は期待を寄せています。

彭大家族旅行社 彭國豪社長
「金門には風獅爺(ふぉんすーぃえ)がいます。沖縄にはシーサーがいる。似たような風習がある。チャーター便を出して、沖縄の人が金門に来てもらって、金門の人が沖縄に旅行に行けるのは意義のあることだと思う。そういったことをどんどん企画していきたい」

直行便が結ばれた際には、沖縄と金門島の交流のみならず、対岸の人口500万を超える都市、厦門からの旅行客を、沖縄観光に取り込む可能性も秘めた台湾・金門島。海外観光が少しずつ解禁される中、新たな地域とのつながりが期待されます。