箱根駅伝の放送がない沖縄で… 夢膨らませ
東京・大手町を出発し、箱根・芦ノ湖まで100キロを超える道のりを延べ2日間、10人がたすきをつなぎ往復する箱根駅伝。
沿道には途切れることなくファンが詰めかける学生の花形スポーツですが、気候の要因などから “長距離ランナー不毛の地” といわれる沖縄から箱根を目指すランナーは多くはありません。
そんななか比嘉さんは、宜野湾高校時代に1万メートルで国体に出場するなど、県内で活躍。箱根駅伝のテレビ放送がない沖縄で、夢を膨らませました。
大学進学は、箱根駅伝出場を目指し、当時、急速に力をつけ始めていた山梨学院大学へ。
「当時ケニア出身の留学生が来ると聞いて、一緒に練習ができる環境に魅力を感じました。(山梨学院大は)これからのチームだからこそ、自分の力も伸ばせるのではと」
それまで、箱根を走ったことがある県出身ランナーは、1962年の新城吉一さん(国士舘大)、1985年の濱里正巳さん(日体大)が知られていましたが、「ほとんどいない」状態。
そんななかで比嘉さんは大学3年時、初めて出走を決めます。夢が叶い、地元沖縄からも多くの反響が届いたと言います。








