アジア大会出場がパリ五輪にもプラスに
黒木純監督は指導者の立場で、今回のアジア大会出場を「定方のような選手にはプラスになる」と考えている。
「3大会連続のメダルを期待されることで、良い意味で緊張感を持つことができます。練習に緊張感も出ましたし、定方のような“ポジション”でやってきた選手には、殻を破るために必要なことかもしれません」
定方は高校時代、長崎県では優勝したが北九州大会7位で、6位まで出場できた全国大会出場を逃した。東洋大では同学年に設楽啓太・悠太兄弟(西鉄)が、2学年下に服部勇馬(トヨタ自動車)がいて、彼らの陰に隠れた存在だった。箱根駅伝は“山の神”柏原竜二の、4年連続区間賞の翌年の5区(山登り区間)を任されたが、区間10位でチームの連勝を止めてしまった。
三菱重工では1学年後輩の井上が、入社してすぐに駅伝のエースになり、マラソンでも17年世界陸上ロンドン、18年アジア大会で日本代表入りした。それに対して定方は、ゆっくりした成長曲線しか描けなかった。大学でも実業団でも、練習はレベルの高い内容ができるが、レースになると期待を下回ってしまう。大舞台で力を発揮できず、チームのエースや代表になれなかった。
しかし三菱重工入社後徐々に、駅伝では力を出し切れるようになった。マラソンも初マラソンから丸3年かかったが、5レース目で初めて2時間10分を切った。その後も失敗と成功を繰り返したが、ついに代表までたどり着いた。
10月15日にMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。パリ五輪代表3枠のうち2人が決定)が東京で行われるが、定方はアジア大会経由でパリ五輪を目指す道を選んだ。MGCには出られなくても、23年12月~24年3月の福岡国際、大阪、東京のMGCファイナルチャレンジ3大会で、2時間05分50秒を上回れば最後の1枠に入ることができる。
「MGCで代表を取るより、アジア大会で一度代表を経験してから、五輪に出場した方が本番で戦えると判断しました。まずはアジア大会に集中します」
自身の成長過程を見直した結果の判断だった。
三菱重工でトレーニングすることのメリット
今回のニュージーランドでのマラソン練習は、同じチームでMGCに出場する井上、8月の世界陸上ブダペストに出場した山下一貴(26)らと一緒に行った。40km走などポイントとなる距離走は別々に行ったが、スピード練習など一緒にできるときは一緒に行った。練習全体の組み立ては似ているが、マラソンの時期が違うため進み具合も違っていた。
しかし最初にマラソンを走った山下が、12位(2時間11分19秒)ではあったが、40kmまで5位と入賞圏内を走った。痙攣が出たことは課題として残ったが、練習の成果は十分に発揮した。三菱重工は各選手のメニューと、それをどんなタイムで行ったか、一緒に行わない場合でも練習実績を全員が共有する。
「山下があの練習で世界陸上の結果を出したのなら、それを追いかける形で自分も走れる手応えを感じられます」
MGCファイナルチャレンジの設定タイムも、山下が今年3月の東京マラソンで走った2時間05分51秒が基準になった。定方は山下が出せたタイムなら、自分も出せると思っている。アジア大会は大会によって、出場してくるライバルの強さが違う。だが松村と井上がアジア大会で残した実績も、三菱重工のトレーニングで出したのは事実である。定方が今、やるべきことをやれば目標は自ずと決まった。
「目標は金メダル。最低でもメダルを取りたいですね」
結果として三菱重工の伝統を守る走りに、定方は杭州で挑戦する。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)