この女性とその家族は警察官に誘導されて、被服廠跡に避難しましたが、到着した時にはすでに「満員だった」といいます。

女性
「満員ですね。荷物の山ですよね。それで中には、ムシロを敷いて、お膳出して食べている方もあるんですよね。食事している方もあるんです…」

避難場所に着いてほっとしたのか、食事をとって過ごしていたという避難者たち。多くの人が、家財道具を自宅から持ち込んでいました。そして、午後3時ごろ、状況は一変します。

女性
「『なんか火がついてきたぞ』っていう声が聞こえました。驚きました。火の回りが速かったです。みんな逃げているうちに、今度は竜巻ですね。何しろ薪を積んだようなものですからね。あの中はみんなの荷物が入っていましてね」

周囲を木造家屋がひしめく住宅街に囲まれていた被服廠跡。方々から飛び散った火の粉が、広場に置かれた家財道具に引火。そして炎の竜巻“火災旋風”が発生します。

女性
「人が飛んで、空に舞い上がっているのも見ました。それから、今の公衆電話みたいなボックス、それなんかも飛んでいました。(火の粉を防ぐために)トタンをかぶったんですけど、(竜巻で)トタンが飛ばされちゃう。それで、父がトタンを這って行って持って来てと、二度三度やるうちに、何か飛んできたモノで顔切られちゃって、倒れてしまった。今後はその間に、兄弟2人が飛んでいっちゃったんです、竜巻に巻かれて。もう見た時は、母が言うには『いなかった』と。母親は、『ここでみんなで死ぬよりほかはないから」と言って、じっとしていたんですけど、妹に火の粉が降りかかるんですよ。母がそれを見かねて、『じゃあ逃げるだけ逃げてみよう』と、私たち姉妹を引っ張るようにして這って歩いて、あっち行き、こっち行きして、這っていたんですけどね。それからはもう分かりませんでした…」

気を失った女性が目を覚ましたのは、翌2日の朝。火災旋風に吹き飛ばされた兄弟2人とは、二度と会うことはありませんでした。