世界陸上での挫折と「質より量」という答え
大学卒業後は実業団のGMOインターネットグループへ入社。2024年からは再び原監督の指導のもと青学大の学生とともに練習を積み、同年12月の福岡国際マラソンでは当時の日本歴代3位となる2時間5分16秒で優勝。東京世界陸上の代表内定を掴み取った。
しかし、日の丸を背負って挑んだ自身初の大舞台・2025年9月の東京世界陸上では、世界の激しいペース変動にリズムを狂わされ、自己ベストから10分以上遅れる2時間16分58秒、34位に終わった。

レース後、「もう国立競技場にも行きたくないぐらい落ち込んでいて、思い出したくないっていう反面と、もう1回あのレースをやり直したい両方の気持ちがあって、自分の中で気持ちの整理が出来ていなかった」と吐露した吉田。
初の世界陸上で味わった大きな挫折から再起をかけるべく、吉田が導き出した答えは、自身の原点でもある泥臭いスタイルだった。
「質より量だと思っていますし、量やらずに質を語っている時点で大した結果にならない。徹底した量の中でしか質は生み出せない」

















