30年ぶりの里帰りも拒絶され…「“二度殺された”ようなもの」
元兵士たちの中には、「生まれ育った故郷に帰りたい」と願う人も多かった。
元陸軍一等兵(1971年の放送「未復員の告発」より)
「(故郷のことはお思いになりませんか?)思います。(どういう風になっているんでしょうかね、今は?)さぁご存知じゃないですね。ずいぶん変わっていると思いますけども。もう20年も22年もいかないからね。(一度行きたいと思いますか?)はい、行きたいと思います」
1971年のゴールデンウィーク。病状の良くなったこの元陸軍一等兵の男性が、医師の付き添いで里帰りできることになった。
約30年ぶりとなる故郷にカメラは同行した。男性はこの日のために、貯金をはたいて背広を新調した。
玄関先で母親が出迎えてくれた。
その後、兄が漁から帰ってきたが、弟の顔をすっかり忘れていた。食事の場でも弟の顔を見ようともせず、ほとんど話もしなかった。医師が「退院できるようになったら家に引き取ってもらえるか」と尋ねたが、兄は断った。
里帰りは3日間の予定だったが、自分は受け入れられないと悟った男性は、翌日早々に故郷を離れ、東京の療養所に戻った。
その後、1985年に放送した「さすらいの未復員」。
社会や家族からも受け入れられず、結局、療養所で暮らし続けるしかなかった元兵士たちの老いゆく姿が記録されていた。
行き場のなかった彼らは、そのまま療養所で最期を迎えていった。

精神保健福祉士 古屋龍太氏
「故郷に帰りたい思いを持っていても、帰れない。きつい言葉かもしれないが“二度殺された”ようなもの。自ら訴えることなく、言葉を飲み込んだまま亡くなっていく方が圧倒的に多かった」

















