幕田大尉の母はさらに嘆願書を用意

幕田稔大尉

一方、再審でも死刑だった幕田稔大尉の母トメは、さらに嘆願書を用意していた。幕田家に残された資料の中にあったもので、控えとみられる。再審の結果が報じられた4か月後、1949年6月の日付だ。英文に翻訳された嘆願書は、母としての心情よりは、処刑の実行者の罪が重すぎるという点と日本の軍隊では上官の命令に背くことはできないという実情を訴える内容となっており、弁護人からの力添えで作られたようにみえる。

<幕田トメら親族からマッカーサーへの嘆願書 1949年6月>
連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥閣下へ
閣下、私たちは現在スガモプリズンに拘置されております幕田稔の母、ならびに姉妹でございます。幕田稔は、1948年3月16日、横浜の米国第8軍軍事法廷において絞首刑の宣告を受けました。そして1949年2月11日、再審の結果として極刑が確定したことを新聞の報道で知ることとなりました。