現役の山口組組員も・・・悪質四団体を“全球場出入禁止”に

なかでも「中虎連合会」は、1984年に勃発した山口組と一和会によるいわゆる「山一抗争」が、甲子園球場に波及するのを防ぐために設立されたとされる。

組織のトップは代々、山口組系が掌握してきた。ライトスタンド中段を拠点に活動していたことから「中虎」と呼ばれ、1987年には連合会を結成。全国に傘下二十六団体、会員五百人以上を擁する巨大組織へと膨張していく。
黒い法被姿が目立ったことから、「黒法被連合」の異名もとった。

一方、巨人の私設応援団「三重巨勝会」。
三重県に本部を置き、「巨人軍を勝たせる会」という意味に由来すると言われる。
そして、あろうことか組織を率いていたのは、現役の山口組組員だった。

2003年7月、その組員は「東京ドーム」で指定場所以外に立ち入り、トランペットを吹奏。
注意した読売新聞社社員に腹を立て、暴行を加えて現行犯逮捕された。

翌日から東京ドームへの出入りを禁止されたが、処分に納得しなかった組員は、翌月、「ナゴヤドーム」での試合中に正規の巨人応援団を取り囲み、因縁をつける。

「読売との交渉を、ちゃんとやらなかったやろ!」

そう叫ぶと、殴る蹴るの暴行を加え、被害者は三か月の重傷を負った。組員は再び逮捕される。
もはや、先送りは許されない状況だった。

2004年1月。猪狩と山口は、球団・球場関係者同席のもと、東京・大手町の「KKRホテル東京」に悪質四団体の主要メンバーを呼び出し、通告した。

「これまでの行状を踏まえ、やむを得ない措置として、あなた方四団体については、全球場への出入り禁止を決定しました」

当然、激しい反発が噴き出した。

「三重巨勝会のYが、暴力団だとは知らなかった」
「行き過ぎがあったことは認める。もう二度としない。だから入場だけは許してほしい」

しかし、猪狩らは一切取り合わなかった。むしろ、「東京ドーム」「神宮球場」を含む全球場への無期限入場禁止を明記した「排除通知書」を突きつけたのである。

通知書は「弁護士会民暴委員長名」で発送されたが、「送付代表者」が猪狩であったため、猪狩の「一番町綜合法律事務所」には、激しい嫌がらせが相次いだ。

「電話は、切っても切っても鳴りやまなかった。入場を懇願するもの、匿名の脅迫、無言電話…。だが、それこそが、連中が反社会勢力であることの何よりの証拠だった」(猪狩)