かつても政界再編目指し…
かつて、自民党、社会党を中心とする「保守・革新」に分かれていた55年体制の中で、公明党、民社党などの4党が「中道勢力」と呼ばれていました。
自民党 浜田幸一議員(1979年)
「こういうことが何で自民党を良くすることになるんだ」

そうした中、1979年、自民党内でいわゆる「40日抗争」が勃発。その当時、公明、民社両党が掲げたのが「中道連合政権構想」でした。

1980年5月、内閣不信任案が可決され、衆議院が解散。しかし、大平総理の急死で、自民党が圧勝すると「中道」による政権も実現しませんでした。
その後、政界再編のうねりが起きたのが93年。「非自民」8党派の細川連立政権が誕生。しかし94年、「自民・社会・新党さきがけ」の連立政権が樹立し、自民党が政権を奪還します。
これに対し、小沢氏や羽田氏など自民党を割って出た議員らによる新生党、民社党、公明党の一部などが「新進党」を結成。

そこには、今回、新党「中道」を立ち上げた野田氏、斉藤氏らだけでなく、高市総理も。さらに石破前総理や小池都知事まで名を連ねていました。
しかし、多様な勢力を抱えた党内には、ほどなく亀裂が…

新進党 小沢一郎幹事長(1995年12月・当時)
「おかしいと言うならやり直すか?」
結局、新進党はわずか3年で解党。背景を専門家は…

国学院大学 山本健太郎教授(日本政治)
「新進党は自民党と対抗するということが意識されていたので、左から右までたくさん束ねて、その平均した政策の位置が中道よりやや右側。元々政策の面でバラバラというか。党内でかなり激しい権力闘争が起きて、それによって党の中でかなり遠心力が働くような展開になった」
その後、自民・民主という2大政党による政権交代が起きる中、「みんなの党」や「維新」という「第三極」が注目されたことも。
また2017年には、自公政権に対抗し、小池都知事が「希望の党」を立ち上げましたが…
希望の党 小池百合子代表(2017年・当時)
「排除されないということはございませんで、排除いたします」
いわゆるリベラル系を排除。また総理経験者の菅氏、野田氏の合流も拒否されます。
こうした姿勢に反発し結党されたのが、立憲民主党でした。

















