きっかけは酒飲みトーク “死”テーマのフェス、誕生の経緯は?
4月14日=「よい死の日」に、若者らが集まる渋谷でトークセッションや没入型体験などのプログラムを展開する複合イベント「Deathフェス」。共同代表の市川望美さんと小野梨奈さんは、2024年に一般社団法人デスフェスを立ち上げ、同年にDeathフェスを初開催した。
「死をフェスで扱う」と聞くと、意外に感じる人も少なくないだろう。なぜ“死”をフェスで語るのか――その“違和感”こそが、同フェスの出発点だったと市川さんは話す。
「私が共同代表の小野と出会ったのは、20年ほど前です。子育て支援のNPOで私がスタッフとしている時に、彼女がお母さんとしてやって来てからの付き合いなので、出会ったのは死ではなく“生”の現場でした。お互い出産をして子育てをして、今まで生きてきた社会との差に戸惑っている時に出会い、共に活動したりもする中で、意気投合。以来ゆるくつながり続けていましたが、ある時、小野が『お墓に入りたくない』というような話をしてくれたのがきっかけになりました」
小野さんがそう発言したのは、新しい働き方を提案する“非営利型株式会社”を市川さんが企画担当として推進していた際、ワーケーション(地方などの普段とは異なる場所で働きながら休暇も楽しむ新しい働き方・旅のスタイル)事業で出向いた長野でのこと。夜皆で飲んでいる場で、小野さんが「お墓には入りたくない。火葬も嫌」と話し始めた。
「そこから、アメリカでは埋葬方法として人を有機物として分解して堆肥にするスタートアップがすでに数社あって、『私はそれで地球に還りたい』と。私は海に還りたいなと漠然と思っていたので、すぐに『それ、めっちゃいいね』というような話になりました。ただ、日本でそうした新しい埋葬や葬儀をすることは法的にもとてもハードルが高く、まずはみんなが“自分はこういうふうに最後を迎えたい”と自由に話せるような社会にならないと選択肢自体を作ることができないと考えて、“Deathフェス”のようなものを開いてみたらどうか、と思ったんです」と市川さんは続ける。
「そこで、4月14日を『よい死の日』にしてはどうだろう?ちなみに来年の4月14日は何曜日だろうね?と調べたら、たまたま日曜日だったので『もう来年やろう!』と決めて、そこからどうやったら実現できるかと考えて、第1回を無事に渋谷ヒカリエで2024年4月14日に開催できました。それがDeathフェスの始まりです」
共同代表である市川さん、小野さんの二人の「出会い」の中で、偶然起きたある日の出来事にも不思議な縁があったという。
「2011年3月11日の東日本大震災当日に、私たちは偶然同じワークショップに参加していました。もともとは子育て支援のNPOで出会いましたが、たまたま同じ助産院で出産もしていて、お互いの価値観も合う中で、それぞれ別々に同じワークショップに申し込んでいたんです。彼女は第3子を妊娠中でおなかが大きくて、その時ぐわんぐわん揺れる中で『この妊婦を無事に帰さねば』という使命感とともに避難したという状況もあり、『あの日も一緒にいたしね』みたいな“伏線回収”だったと今は思います」と振り返る。
「これが私たちに与えられた役割なのではないかという勢いもあり、話は早かったです。ずっとNPO畑にいて、いろいろな現場で社会に対する新しい発信や新しい選択肢を増やす活動をしてきたこともあり、これまでの20年のキャリアを使って、みんなを巻き込んで“市民発”のムーブメントにしていくという動きになりました」と、二人の経験や思いが重なり、同フェスが誕生した。














