駆け込みで3度に分けて嘆願書を提出したか

金井弁護士からのはがき

金井弁護士の指示通り、トメは幕田の同級生である辰野氏にも手紙を出し、その返事が届いていた。

<辰野さんからトメ宛のはがき>1948年2月27日
拝復 お便り拝見いたしました。いろいろとご心配の御事と存じます。例のお願いの件、本日二十七日、当方のみにて取りまとめたものを、金井先生を通じて提出をすませました。代表者をお母様と辰野の二人の名前といたしまして、お母上様や妹弟様のお名前はこちらにて代書させて頂きました。従って第一回の提出はすみましたからご安心下さい。今、(山形のほうに)お願いしておりますのは、郷里の親戚及び友人一同よりとしたいと思いますから、用紙並びに形式はそちらにおまかせ致しまして、できるだけ沢山集めて三月十日頃までに当方にお送りください。嘆願文は必要でしたらこちらにて準備いたします。

法廷は三月八日まで休み、九日より再開、十五日ごろ終わるのではないかと思います。十日ごろ、どなたか署名を持って御上京されては如何ですか。但し、三日から面会は出来ないとのことです。大変に取り急ぎ失礼しました。では又、早々 2月27日 辰野


辰野氏は2月27日に在京の友人たちから集めた署名入りの嘆願書を提出していた。幕田家に残された資料の中に、嘆願書提出に際しての注意書きがあった。英文で書かれた嘆願書にはトメの日本語での署名と捺印も必要であること、書留速達で出し、宛先は総司令部法律課長宛にすることなどだ。追加して3月3日と6日にも嘆願書が提出されたようだった。