「花と焼酎を毎年」七士の墓を守る 宮城の鹿児島県人会の思い

「みちのく宮城鹿児島県人会の発足は、この七士が縁なんです」

そう語るのは、同県人会の辻隆一会長(仙台市)だ。七士の墓を維持管理するために、昭和49年に鹿児島県人会が発足したという。現在は80人ほどの会員がいるという。

県人会では、毎年9月第1週の土曜日に、お彼岸の供養として七士の墓参りが恒例となっている。掃除をして花や線香、焼酎を供え、詩吟の「城山」を奉げる。

詩吟「城山」を捧げる 毎年9月に続けている墓参(みちのく宮城鹿児島県人会提供)

孤軍奮闘 囲みを破って還る
一百の里程 塁壁の間
吾が剣は既に折れ 吾が馬は斃る
秋風 骨を埋む 故郷の山

        (詩吟 城山)

この詩吟は、犠牲を出しながらも政府軍の囲みを破り、九州各地を転戦しながら険しい道のりを越えて故郷・鹿児島の城山へ帰還した西郷軍の姿をうたったものだ。

七士の有馬純俊らが、実際に官軍の包囲網を突破して城山を目指し、そして敗れてこの地に葬られたことを思うと、その歌詞はいっそう胸に迫る。

辻会長は、墓前に立つときの思いをこう話した。

「県人会のスタートは、この七士の墓が縁でした。非業の死で異郷に骨を埋める無念はあったと思います。私たちも、故郷の鹿児島を離れて暮らしています。郷里を忘れない、思いを馳せるという気持ちで、彼らに手を合わせています」