「この痛みを言葉で表すことはできない」―”ホミサイドサバイバー”となったあの日

(酒井肇さん)
「親をなくした子供を孤児といい、伴侶をなくした夫や妻を寡婦(夫)といいます。しかしながら、子どもを亡くした親を呼ぶ言葉はない。なぜなら、その痛みを言葉で表すことはできないから」
これは2004年9月、ニューヨークの911同時多発テロ追悼式典で、当時のブルームバーグ市長が述べた追悼の言葉の一節だ。酒井さんは「私もそのように感じました」と静かに語った。
2001年6月8日の朝、酒井さんは娘の麻希さんと一緒に家を出た。妻はその姿を玄関で見送った。「麻希の元気な姿を見たのがこの時が最後でした」と酒井さんは振り返る。
酒井さんは自身を「ホミサイドサバイバー」と呼ぶ。直訳すれば「殺人犯罪の生存者」という意味だが、酒井さんはこの言葉をこう捉えている。
(酒井肇さん)
「殺人犯罪被害に遭遇し、生きる望みを失った遺族が、その悲しみや苦しみを乗り越え、前向きに人生を生き抜いていくという風に捉えています」














