事件の捜査とは、常に生身の人間を相手に行われる。だからこそ、捜査対象のキーマンの死が事件の流れを大きく変えることがある。

「総会屋事件」は、4大証券会社から第一勧銀へと波及し、やがて「大蔵省接待汚職事件」へと発展していった。そうした中、自民党の新井将敬衆議院議員が日興証券に対し、利益供与を要求していたという容疑が浮上する。

東京地検特捜部は、日興証券元役員の供述などから、新井が利益供与を要求したうえで「証拠隠滅工作」を図っていたことを突き止め、国会の会期中に逮捕する方針を固めた。しかし、新井議員は東京地検への出頭を目前に、東京・品川区のホテルで自ら命を絶った。

政治家と東京地検特捜部の攻防ーー水面下でいったい何が起きていたのか。捜査関係者の“肉声”や取材メモをもとに、封印されていた捜査の舞台裏を検証する。

「平成の坂本龍馬」新井将敬の軌跡をたどる

1998年2月19日――戦後の政界事件史に深く刻まれる一日となった。

東京・霞が関の中央合同庁舎6号館にある検察庁。東京地検特捜部の政界ルート捜査を担う「特命班」を率いる粂原研二(32期)は、庁舎内でNHKの国会中継を見ていた。その最中、画面にニュース速報が流れた。

「自民党・新井将敬議員がホテルで自殺を図る」

衆院本会議場に第一報が入ったのは午後3時過ぎ。
村岡兼造官房長官が大臣席から身を乗り出し、耳打ちで情報を受け取った。メモは松永光大蔵大臣から小渕恵三外務大臣へ、さらに橋本龍太郎総理大臣へと回された。テレビに映し出された橋本総理の表情は、明らかにこわばっていた。

この日、特捜部は新井将敬の逮捕の許可を橋本内閣に求め、衆議院で「逮捕許諾」が議決される見通しだった。だが、議場を覆ったのは予想外の訃報だった。

新井将敬は1948年、大阪市に生まれる。北野高校から東大経済学部を経て新日本製鐵に入社するが、1年で退社し1973年、大蔵省に入省。酒田税務署長、銀行局課長補佐を歴任したのち、1981年には渡辺美智雄大蔵大臣の秘書官に抜擢され、政治の世界に足を踏み入れる。

のちに政治家を志した理由を、自著でこう記している。

「権力のためではない。信頼、友情、思いやりといった価値を実現するためだ」

1983年、中曽根派の新人として旧東京2区から初出馬するも落選。選挙ポスターに誹謗中傷の黒いシールを貼られる「黒シール事件」にも見舞われた。86年、再挑戦で初当選。92年には「東京佐川急便事件」で金丸信副総裁を激しく批判し、竹下登元総理に離党を迫るなど、「改革派の旗手」「平成の坂本龍馬」として脚光を浴び、テレビ討論でも人気を集めた。

筆者の記憶にも残る出来事がある。92年11月、筆者が「筑紫哲也ニュース23」のディレクターを務めていた頃のことだ。

自民党幹事長・綿貫民輔は、新井に「番組出演は事前に党へ届け出るように」と通告した。だが新井は応じず、翌日のニュース23に出演したのである。「出演を届け出るよう言われたが、検閲だから断った」とスタジオで筑紫キャスターに語る姿は鮮烈だった。「改革派の急先鋒」としてメディアを積極的に使う一方、無断出演を理由に衆院外務委員会理事を更迭されたこともあった。

新井は当時、テレビについて次のように語っていた。

「政治の世界では、若手の力は圧倒的に弱い。だからこそ、国民に対して、私たちの意見をテレビを通して、直接聞いてもらう機会は重要だと思っている」
「テレビは話したことがそのまま伝わるので、危険な真剣勝負である半面、信頼感も持っている」

93年、自民党を離党。94年4月、柿沢弘治や高市早苗らとともに渡辺美智雄元副総理を担ぐ「柿沢自由党」を結成したが、渡辺の離党断念で計画はとん挫。その後94年12月、「新進党」に参加するが、小沢一郎に反発して離党。96年の小選挙区選挙では無所属で当選し、小泉純一郎や石原慎太郎を「守旧派」と批判した。同年10月に、船田元や石破茂(後に総理大臣)ら無所属で当選した5人で新会派「21世紀」を立ち上げたが、翌97年7月、橋本政権の自民党に復党した。

だが、党派を転々とする中でテレビ出演の機会は減少し、かつての「改革派の論客」としての存在感は次第に薄れていった。

当選同期の石破茂(後の総理大臣)は、新井の最後の言葉をこう記憶している。

「1986年当選組の中で、最も才能があり、輝けるスターであった故・新井将敬議員がその死の直前、私に対して、『石破、マスコミには気をつけろよ。俺はマスコミに持ち上げられてどんどん過激なことを言っているうちに、引っ込みがつかなくなってしまった。持ち上げるだけ持ち上げて、その後落とせるだけ落とすのがマスコミなのだ』と、なんとも寂しそうに言っていたのを思い出します。あれは新井議員の私に対する遺言であったように思えてならない」(石破茂オフィシャルブログ 2010年4月16日)

「筑紫哲也ニュース23」に出演する新井将敬衆院議員