
だから、やっぱりそのときに僕が痛切に感じたのは、原爆資料館を見てて、あまりの凄惨な地獄絵図を見て、原爆というものを──実像の一部を垣間見て、俺はもしかしたら戦争というものがもう自分の脳内では風化してるんじゃないか、というふうに感じたんですね。こういうことじゃいけないなって。戦争の経験のある人間がこういうふうに風化していくんだから、若い戦争を知らない人が風化するのは当たり前だろうと思って。だからこそ今、僕らはこういう芝居をやんなきゃいけないと意を新たにしました。

Q.北村さんご自身は高知の出身で、第二次世界大戦が終わったのが9歳のとき。高知もアメリカ軍による空襲が繰り返され、1945年には1時間にわたる大規模な空襲で18万発もの焼夷弾が投下されたということです。当時の記憶は残っていますか?

残ってますね。やっぱりすごいもんでしたよね。僕の家は免れたんだけど、そっから見てるとね、市内は空が真っ赤でね。一面、焦土と化したわけですよね。焼夷弾の音がね──途中でもって、一つの球が分裂して、もう何千と玉に分かれて落ちていくんですよ。それがサァーって雨のような音をたてて落ちてくるんですよね。爆弾ってのはヒューっていう音なんです。それで見分け、聞き分けることができたんだけどもね。

何よりも僕は非常に怖かったのは、グラマンという戦闘機があってね。すごく低空飛行するんですよ。前はアクリルで操縦席が見えるんですよね。低空飛行して機銃掃射っていうんですか。それで撃ってくるんです。ダダダダダって音がするんですよね。その音を引いただけでも防空壕の中で耳をふさぎながら『ああ今、人が死んでいくんだ。人が殺されるんだ』っていうのが記憶にありますよね。だから、やっぱり戦争ってのは絶対に悪だし、やってはいけないことだと思います。

戦争を体験した北村さんだからこそ、被爆80年の今、思っていらっしゃることを強くあると思います。NBCでは北村総一朗さんをゲストにお迎えして、9日午前9時半から被爆80年特別番組を放送します。
Q.世界では今、対立と分断が深まっていて、核兵器が使われる恐れが現実味を増してきたとも言われる中で、9日、長崎被爆80年を迎えます。未来へ、子供たちへ、北村さんが今一番伝えたいことは何でしょうか?