シリーズ「被爆80年 NO MORE...」
原爆の爆風や熱線を耐え抜き、今も生き続ける「被爆樹木」をご存知だろうか?
長崎市出身のシンガーソングライター・福山雅治さんの楽曲「クスノキ」の題材にもなった山王神社の大クスが有名だが、長崎市には、保存対象となっている被爆樹木が50本存在する。
被爆の惨状を目の当たりにした「被爆樹木」たち。その「声」に耳を澄ませるプロジェクトが進められている。

♪(動画を再生し、耳を澄ませて音をお聴きください)

爆心地から約2キロ・御船蔵町の個人宅にあるザクロの木の音だ。その幹には、被爆の後の火災で焼けた痕が今も残っている。

原爆を乗り越え、生き続ける「被爆樹木」の内部の音や、風に揺れる音、幹に反響する周囲の音などを収録する。

サウンドデザイナー・清川 進也さん(48)「(被爆樹木が)生きている今の音を録ることによって、80年前の風景とか、その頃の記憶がよみがえってくる、みたいな」

爆心地から約2.4キロ、筑後町にある唐寺・福済寺のソテツは、被爆後、火災に見舞われながらも生き残った。

♪筑後町・福済寺ソテツの音(動画を再生し、耳を澄ませて音をお聴きください)

被爆者・岩永 登 さんの証言(1972年)「あぁ、いよいよ、大きな福済寺が、火のかたまりになって、火の柱になって燃えよっとばいなーと思って見とりました。大きな建物はね、大きな火柱がたつんですよ」

九州産業大学 芸術学部 ソーシャルデザイン学科 伊藤 敬生 教授(62)「誰しも想像力がないわけじゃなくて、そこ(80年前の想像)に入るきっかけがない。だからやっぱり、僕ら(想像に入る)スイッチを作るみたいな感じかもしれないですよね」
サウンドデザイナー 清川 進也 さん「そうですね」

福岡市の九州産業大学。

被爆樹木の音を収録し、80年前を想像する取り組みは、芸術学部ソーシャルデザイン学科の伊藤 敬生 教授が企画した。

長崎市出身の被爆3世。被爆80年、平和について自分事として考えるための素材に選んだのが「被爆樹木」だった。

伊藤 敬生 教授(62)「彼ら(被爆樹木たち)が、本当に言葉を持ったら、何を語り出すんだろう?その場所から微動だに動いていないわけじゃないですか? 会話はできないけれども、会話するぐらいの気持ちで一緒になれることができたら、何か僕らの中にも、新たな何かが芽生えるんじゃないかという気がするんですよね」