「1月26日の大蔵省への強制捜査の直前に、最高検察庁のたしか次長検事だった思うが、『あと3日くらい待ってくれないか』と言われたが、熊さんのゴーサインも出ていたこともあり、そんな直前に変更できない。もちろん主任検事の井内には家宅捜索の集合場所になっていた日比谷公園にそのまま行かせた」
「たしかにゴーサインが出ていても、政界や大蔵省からかなりの圧力があったから、早く着手しないと雑音が大きくなる状況でもあった」(山本)
「熊さんがポイントポイントで、何回か東京高検や最高検に説明しながら、最終的には検察トップの土肥孝治検事総長(10期)に直接報告もしていた。土肥さんは『積極的ではないけれど、そこまで証拠が積み上がっているなら、やらざるを得ない』という雰囲気だった」
熊﨑はのちに筆者にこう語っている。
「大蔵省は国会議員より圧倒的に強い権力を持っている。法務・検察の予算も大蔵省と折衝するわけで、法務省や検察首脳の一部には捜査に慎重論もあった。ただ一線の検事が私生活や家庭を犠牲にして捜査に没頭し、逐一状況を報告にきていた。明らかな証拠が出てきている以上、“大蔵省だけはやらない”という選択肢はなかった。それは特捜部長失格だと思った。どんな批判を浴びようが、やるしかない、一生に悔いを残したくないと腹をくくっていた」
「金丸さん(元自民党副総裁)を取り調べた脱税事件のときのプレッシャーと違って、大蔵省という巨大権力に切り込むことは、いろんな人を敵に回すことになる。
土肥さん(検事総長)のところに説明に行って、強制捜査の了承をもらったときに、土肥さんから“これで僕も多くの友だちを失うことになるよ”と言われたことは、一生忘れられない。それでも土肥さん、石川さん(東京地検検事正)は現場のことを深く理解し、捜査が引けないところまで来ていることもよくわかっていた。この二人の存在は心強かった」
捜査主任の井内顕策(30期)を先頭に50人以上の検事、係官らが大蔵省正面から隊列を組んで庁舎に入り、家宅捜索に着手、4階の銀行局を中心に大量の資料を押収した。


井内には今でも印象に残っていることがある。
「正確な言葉は忘れたが、石川検事正から電話があり、杉井審議官(キャリア)の部屋の捜索は、丁重にやってくれとの趣旨の連絡があった。相当気を使っていることが伝わってきた」
この日、特捜部が身柄を拘束したのは、あくまでノンキャリア職員にとどまった。キャリア官僚については、まだ容疑の構築が十分ではなく、固まり切っていなかった。
そうしたなかで行われたキャリア官僚の杉井審議官室への家宅捜索には、慎重さが求められた。キャリア官僚の職務権限は一般的に広範かつ包括的であり、接待が果たしてどの業務をゆがめ、公平性を損ねたのか―そのワイロの「対価」を詰めるために、さらなる捜査が必要だった。
家宅捜索中、井内は不謹慎だと思いながら、こう感じたという。
「大蔵省職員らの多くは、書類の山に囲まれた狭いスペースで執務をさせられており、予想したよりも劣悪な環境だった。検事の方がよっぽどましな環境だと感じた。不謹慎かもしれないが、捜索中に“こんな執務環境ならノーパンしゃぶしゃぶで息抜きしたくもなる気持ちもわかる”とすら思った」(井内主任検事・現弁護士)
家宅捜索は深夜まで及んだが、午後10時過ぎ、三塚博大蔵大臣が記者会見を開き、辞意を表明した。翌27日、正式に引責辞任した。
三塚は1991年6月、安倍晋三元首相の父・安倍晋太郎の死去後、「清和会」内の激しい主導権争いを制し、会長に就任。安倍派を継承し、「三塚派」として再編していた。
三塚博をめぐっては、過去にも1993年の「ゼネコン汚職事件」をはじめ、たびたび疑惑が捜査線上に浮上し、東京地検特捜部も複数のルートから内偵捜査を進めていた。
筆者らもその動きを追って取材を重ねていたが、最終的に特捜部が立件に足る証拠を掴むことはなかった。三塚をめぐる疑惑は闇に葬られた。
特捜部は家宅捜索と同時に、銀行局に所属するノンキャリアの金融検査官MとTを、第一勧業銀行、あさひ銀行、三和銀行などから接待を受けた収賄容疑で逮捕。
2人の名前は、すでに銀行側に提出された「捜査関係事項照会」にも記載されていた。
現職の大蔵省職員が逮捕され、本省が本格的な家宅捜索を受けるのは、戦後初期の1948年、昭和電工疑獄で福田赳夫主計局長(無罪確定、後に総理)が逮捕されて以来、実に50年ぶりの衝撃だった。
(つづく)
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TBSテレビ情報制作局兼報道局
「THE TIME,」ゼネラルプロデューサー
岩花 光
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《参考文献》
村山 治「特捜検察vs金融権力」朝日新聞社、2007年
村串栄一「検察秘録」光文社、2002年
読売新聞社会部 「会長はなぜ自殺したか」 新潮社、 1998年
熊﨑勝彦/鎌田靖「平成重大事件の深層」中公新書ラクレ、2020年
伊藤博敏「黒幕 裏社会の案内人」小学館、2014年