空腹、衰弱、解放
収容所では、毎朝4時半から5時には起こされた。
点呼は朝と晩の2回。しかし、名前も番号も呼ばれない。人数を数えるだけだ。人数が足りなければ、見つかるまで立たされ続けた。逃げたのか、バラックに残っていたのか、立ち上がることができなかったのか。死んでいたとしても、人数さえ揃っていればよかった。
食事はパンとマーガリン。スープが出る日は、濃いスープが出てくるのを祈った。しかし水のようなスープの日もあれば、腐ったジャガイモの皮が入っていることもあった。
収容者の中にドイツ軍に娘を殺されたステラという女性がいた。エヴァさんに自分の娘を重ねたのかいつも気にかけてくれ、時折パンを分けてくれた。
エヴァ・シェペシさん
今も思い出します。いつもお腹が空いていました。
だから最後も、気を失って横たわっていました。お腹が空いていたし力もなくて、私はもう動くことができませんでした。
誰かが私に雪を食べさせました。私は高熱を出していたんです。
ソ連軍が迫る中、ドイツ軍はガス室を爆破し、歩ける収容者を連れて撤退した。収容者は飢えと寒さの中行進させられ、脱落すると射殺された。6万人が連れだされ、その4分の1が亡くなった。「死の行進」と言われている。
エヴァ・シェペシさん
「急げ!外に出ろ!」という怒鳴り声をよく覚えています。
ドイツ人は力なく横たわっている私を見て「こいつはもう死んでいる」と思ったのでしょう。私の隣で横たわっている人たちは死んでいました。私は遺体と一緒に横たわっていたのです。
しばらくして目を開くと、ソ連兵が身を屈めて微笑みかけていました。赤い星がついた美しい毛皮の帽子をかぶっていたのを覚えています。
ステラは死の行進に連れていかれた。エヴァさんは彼女の手を握っていたがステラはその手を振りほどき、最後にエヴァさんの手を撫でていった。