2年にわたる裁判 傍聴席に座り続けるも・・・「ずっと蚊帳の外」
事件から約10か月後。児童ら12人を死傷させた傷害致死の罪に問われた男の初公判が開かれました。男は裁判の冒頭、「弁護人の退任をお願いしたい」などと興奮して申し立て、一時休廷する事態になりました。
その後も男は「わざと轢いたのではない」などと一貫して起訴内容を否認し続け、遺族や被害者家族らを愚弄するような言動や裁判所の制止も聞かずに法廷で大声を上げるなどの言動を繰り返しました。好き勝手な言動をする男を前に、湯浅さんは感情を押し殺すしかなかったといいます。
(湯浅さん)「私が事件にあったときは、本当にもう蚊帳の外だったんですね、ずっと。今は意見を法廷内で色々と言わせてもらったり、参加型みたいな形になっていると聞きますけど、被害者の親というのは第三者という見方しかその時はなかったので、傍聴席で何も言うことができません」
裁判開始から約2年間。湯浅さんは傍聴席に座り続けましたが、加害者からは罪に対する反省を一切聞くことなく、判決の日を迎えました。
京都地方裁判所舞鶴支部が下したのは、懲役18年の実刑判決。最愛の息子の命を思うと、あまりに軽すぎる判決でした。
(湯浅さん)「殺人罪で僕はやっぱり起訴してほしかったです。ただ、(事件当時乗っていたのが)車なので、車は本当に殺そうと思ってやりましたって言わないと認められない。(懲役)18年でしたかね…。短い…。裕介が亡くなったことに比べたらやっぱり短いと思うんですよ」














