アメリカの未公開資料から「丸紅ルート」が急浮上

児玉邸セスナ機自爆テロ事件翌日の3月24日、アメリカからの未公開資料提供に関する「日米司法取り決め」が調印された。
これによって、日本が「政府高官の名前を公開しない」という条件で、米国SEC(証券監視委員会)の捜査資料が提供されることになった。

4月2日、渦中の田中角栄元総理が、久しぶりに派閥の臨時総会に姿を現し、疑惑をきっぱりと否定した。
一方、その直後4月6日、今度は三木武夫総理が記者会見で、ロッキード事件の真相解明に全力を挙げることを宣言した。
しかし、水面下では田中派などを中心に、三木に反発する動きが活発化していた。
5月13日、読売新聞が「椎名、大平、福田ら三木首相退陣で一致」とスクープ。自民党内で三木を総理の座から引きずり下ろそうとする「三木おろし」の動きが表面化する。

田中総理の後継として三木を指名した自民党の椎名悦三郎副総裁はこう評した。

「三木君は、はしゃぎすぎだ」

椎名副総裁は、三木政権の生みの親とも言われたが、「生みの親だが、育てると言ったことはない」という名言を残している。
こうした椎名らの「三木おろし」に対して、マスコミは「ロッキード事件隠しだ」と批判、国民からは真相究明を求める厳しい声が一層高まった。

田中角栄元総理大臣と三木武夫総理大臣

「日米司法取り決め」にもとづき、特捜部の吉永は4月6日、SECの未公開資料を受け取るために、特捜部の資料課長ら2人の事務官をアメリカへ密かに派遣した。
2人はメディアに気づかれないようにアロハシャツに付けつけひげで変装し、羽田空港を飛び立った。

4月10日、特捜部資料課の2人はアメリカから未公開資料のコピーの分厚い束を受け取り、日本に帰国。
空港から吉永に電話でマスコミに気づかれてないことを報告すると、吉永からは意外な指示が返ってきた。

「もうマスコミにはバレてるから、変な格好で検察庁に入ってくるなよ」

空港で着替えた2人は、未公開資料を抱えて検察庁に向かった。案の定、検察庁前には特捜部の動きを察知した多くの報道陣が待ち構えていた。

アメリカから提供された未公開の捜査資料が、ようやく検察庁に到着した。
2000ページを超える膨大な資料は、金庫の中に厳重に保管された。
堀田は、翌日から吉永とともに資料の解読作業に着手した。
丹念に目を通す中で、ある異様なチャートが目に留まった。それはロッキード社のコーチャン副会長が手書きしたと見られる「人物相関図」だった。
幾重にも交錯する線と名前が描かれたチャートは、事件の核心を暗示するような存在感を放っていた。

SEC資料のコーチャンが手書きした「人物相関図」
SEC資料の矢印は「タナカ」に集中していた

そこには、丸紅や全日空の役員、児玉誉士夫や小佐野賢治らの名前が並び、それを結ぶ矢印が描かれていた。
驚くべきことに、丸紅の檜山会長と大久保専務から伸びる矢印の先には、ローマ字で「タナカ」の名前があった。
その矢印が集中して向かう先―それは、当時の総理大臣、田中角栄だった。

「矢じるしがタカナに向かって集中していた。田中角栄はその時の総理大臣。捜査の筋として、ワイロの最終ターゲットはタカナだと思いました」(堀田)

また、コーチャン副会長の日記には、田中政権下の1972年8月23日、丸紅の檜山社長(当時)と大久保専務が、東京・目白の田中総理の自宅を訪問した記録が残されていた。
加えて、田中政権発足直後の1972年8月20日、コーチャン副会長がトライスター機の売り込みの最終確認のために来日したという記述もあった。

さらに、ロッキード社のメモには、政府高官の名前が列挙されていた。「タナカ、ハシモト、サトー……」と記されたそれぞれの名前の横には、何やら具体的な数字が添えられていたのだ。
ローマ字で記された「タナカ」は田中角栄元総理大臣、「ハシモト」は橋本登美三郎元運輸大臣、「サトー」は佐藤孝行元運輸政務次官を指すことは明白だった
その数字は、彼らが受け取った金額を示していると推測された。

米国からもたらされたこれらの未公開資料により、「丸紅ルート」が急浮上した。
捜査の軸足は「児玉ルート」から「丸紅ルート」へ大きくシフトすることになった。
特捜部はロッキード社の民間機「トライスター」売り込み工作をめぐる丸紅を通じた、田中元総理への「5億円」の解明に向けて、捜査を一気に加速させたのである。

田中政権は1972年7月に発足。全日空がロッキード社の「トライスター」採用を決めたのは、1972年10月だった。
この間に、丸紅側から田中総理側への工作があったとみられていた。
当時のTBSニュースは、全日空がトライスターの採用を決めたあとの1974年2月、ロ社のコーチャン(当時は社長)が、1号機を羽田空港で引き渡す式典の模様を伝えている。
赤い花束を持ってタラップを降りるコーチャン、その姿を見上げながら拍手で迎える全日空の若狭得治社長や幹部、キャビンアテンダントたち。
式典の華やかさの裏側で、いったい何が起きていたのだろうか。

特捜部は、「トライスター」採用に至った選定経緯を明らかにするため、全日空や丸紅の役員に次々と出頭を求め、一斉事情聴取を開始。
捜査の包囲網は急速に狭まりつつあった。

トライスター引き渡しのため来日したコーチャン
全日空に引き渡されたトライスター1号機