「感性が消えていくというのが現代の野球」母校・愛工大名電を訪問
今年、イチローがどうしても訪ねたい場所があった。母校「愛工大名電」だ。プロ野球選手を数多く輩出した名門。だがここ2年、甲子園での1回戦負けが続いていた。
イチロー:おはようございます。
イチローはここで寮生活を送った。厳しい上下関係が蘇る。
イチロー:近づいてくるにつれてなんか呼吸がうまくできなくて・・・うわー。今は知らないけど、当時は「春日井の刑務所」と呼ばれてましたから。
高校時代に教わったコーチが、今は監督を務めている。
イチロー:ご無沙汰しております。
倉野光生監督:おー!久しぶり。
イチロー:すいません、今回は突然で。
倉野監督:本当にもう嬉しいな。どうぞどうぞ上がって。

練習場を訪ねたのは、18年ぶりのこと。
倉野監督:ここで、自分の投げたフォームがビデオカメラを通じてモニターに映る。
イチロー:時差でチェックできるんですね。
倉野監督:あそこでスピードと回転数がすぐに瞬時に出る。
イチロー:そうですか。
メジャーリーグのやり方を真似た最新機器の数々。イチローの表情にかげりが見えた。
倉野監督:何が正しいかとか、何が良いんだろうかって、実際には確信がないよね。
イチロー:そうですよね。
倉野監督:我々が経験とか昔のように「根性だ」ってバシバシやる時代じゃない。
時代が変わる中、試行錯誤が必要なことも理解できた。だが、手放してはいけないものもあるはずだ。
イチロー:拍手いらないよ。後輩、拍手いらないよ。はい、こんにちは、イチローです。今、寮から始まって雨天練習場、球場を見学させてもらいました。いろんなデータを参考にしながら頑張ってると聞きました。気になったのは、いろんなことがデータで見えちゃってるでしょ。でも見えてないところをみんなは大事にしているんだろうかって。野球ってそれだけじゃないところあるよね、もちろん。気持ちがどう動くとかさ、感性。データでがんじがらめにされて、感性が消えていくというのが現代の野球。自分で考えて動く。一緒に動くので、ではよろしくお願いします。
生徒:よろしくお願いします。

監督から、特に走塁を見てほしいと言われていた。ランナーになった時の複雑な状況判断を、多くの選手が不得手としていた。
イチロー:みんな迷った時ってさ、どうやって判断してる?外野フライ上がりました。1塁ランナー。左中間に飛びましフライが。どういう状態で判断してる?捕るのか捕らないのか、(ピョンピョン跳ねながら)こういう感じじゃない?これも判断迷わすからね。打球判断のことを考えれば、必ず止まって判断する。打球判断、フライの判断も同じだね。出て、(止まって)こう判断して。(跳ねる動作)こういうことやらない、止まって判断。劇的に簡単になるんでこれは。打つこと、守る、投げる、走る、鍛えればできることだよね。それぞれ。でも打球判断はそれないでしょ。どんなに経験しても、だからできるだけシンプルに止まって判断。止まったら重心を下へ。そうしたら判断も簡単だし、反応も早いと思う。このデータはある?ない?どう?愛工大名電のなんか出てる?こうした(動きながらの)ほうがいいデータある?
生徒:出てないです。
イチロー:出てないでしょ。これだけの施設があるのに、判断難しいでしょ。こうしてください。

野球は、繊細なスポーツだとイチローは言う。データで判断できない場面は、限りない。3時間に及んだ指導の最後に、イチローはバッティングを見せた。その日一番のホームランを打って練習を終える。現役時代からそれを自分に課しているそうだ。細身の体から、次々と長打が飛び出す。
イチロー:じゃあ、良いところで終わります。一発入れないと終われないのよ。そういうルール決めちゃってるから。
もしも体格に恵まれて生まれたら、こんなに考えたりはしないだろう。イチローは、そう信じてきた。
イチロー:うわー!よっしゃー!以上、終わりです。
最後にナインに教えを説くイチロー。
イチロー:今まで知らなかったこと、考えたこともなかったことあった?打球判断どうだった? 全員やった?3年生どうだった?
生徒:これまではあまり自分で考えたことなくてコーチやスタッフから言われた通りやっていたんですけど、自分でいざ考えるようになって、イチローさんに言われたことを試してみる中でこれまでやってきたことが間違いとまでは言わないですけど、もっと良い方法があることが知れたのは良かった。
イチロー:判断が簡単になった?なったよね。きょうは聞いたことない話ばっかりでしょ。データにないことばっかでしょ?その感性を大事にしてね。みんな能力高いんだから。あんまり縛られないで。こういうデータを活用するのはいいんだけど、 そうじゃないところにも大切なことがあるとわかったよね。わかったでしょ。