ガザの凧揚げ会場には避難民が殺到 釜石から送る平和への願い
「ガザのみんなのことを忘れてはいないよ」
釜石では、そんな思いを込めた凧揚げが、今年1月にも行なわれた。
ホランキャスターが次に話を聞いたのは、このとき初めて主催者として凧揚げに関わることになった野呂文香(のろ・あやか)さん(22)。釜石出身の大学生だ。

野呂さんは小学3年生のときに被災。当時は大津波警報の意味も分からなかったが、学校に迎えに来た母親の車の中で、テレビで津波に飲み込まれる街の映像を見て大きな衝撃を受けた。
高校生の時、ガザで被災地に向けた凧あげが行われていると知り、リモートで現地の子どもたちと交流した。そのときの様子をこう振り返る。
野呂文香さん
「ガザの皆さんは自分たちが大変な中でも、遠い日本の震災復興を願って凧揚げをしてくださって、その思いがすごく嬉しくて。ガザの平和のために何かしたいと思いました」
しかし、ガザで去年まで凧揚げが行われていた広場はいま、最大規模の避難場所となり、多くの人が殺到して仮設テントで溢れている。
どうか希望を捨てないでほしい。「平和」「共に」「幸せ」―。釜石の空に揚がった、子どもたちの思い思いのメッセージをのせた凧。


この様子はガザの少女にもオンラインで届けられた。少女は去年10月に来日したが、日本に滞在している間に戦況が悪化してガザに戻れなくなり、ヨルダンに留まっている。

釜石の子どもが凧を手に「まちが平和になりますように」と画面越しに呼びかけると、ガザの少女は「ありがとう」と笑顔になった。