LGBTQに必要なプレコンセプションケアの視点
プレコンセプションケアを考える際、LGBTQの人に対しても「将来、子どもを持つ可能性」を含めた健康支援が必要である。ただし、その内容は一律ではなく、性自認、性的指向、身体的特徴、現在受けている治療、パートナーとの関係など、一人ひとりの状況に応じて考える必要がある。
トランスジェンダーなどの方に対する性別不合治療として、テストステロンやエストロゲンなどによるジェンダー・アファーミング・ホルモン療法(以後、GAHT)が行われることがある。ホルモン療法は身体的な性徴を変化させ、性別違和の軽減や生活の質の向上につながる一方、生殖機能にも影響を及ぼす可能性がある。
例えば、テストステロン療法では排卵や月経に影響し、エストロゲン療法では精子形成が抑制される。そのため、将来子どもを持つ可能性がある場合には、治療開始前から妊孕性や妊孕性温存について情報提供し、卵子・精子・胚の凍結保存などを含めた選択肢を提示することが重要である。
ただし、2025年に公表された系統的レビューでは、GAHTが生殖腺や配偶子に及ぼす影響について検討した研究をまとめているが、テストステロン療法では卵巣組織の変化が認められる一方、卵胞形成が完全に失われるとは限らず、テストステロン使用歴のある人でも卵子採取、受精、妊娠、出生に至った報告がある。また、エストロゲンを中心としたGAHTでは、精巣の萎縮や精子形成の低下が報告されており、精子数・濃度・運動率の低下や無精子症がみられる場合がある。治療中止後に精子形成が回復した報告もあるが、回復の程度や期間には個人差があり、長期的な影響にはまだ不明な点が残されている。
したがって、「今は子どもを希望していない」という場合でも、将来の選択肢を残すために、卵子・精子・胚の凍結保存などについて治療開始前に情報提供することも、プレコンセプションケアの重要な役割となる。
また、LGBTQの方では、抑うつ症状や精神的な問題についての関連性を指摘する声があるが、2024年に発表された48研究、461万6,903人を対象としたメタ解析では、LGBTQ+集団における大うつ病性障害(MDD)の有病率は32.2%(95%CI:30.8~33.6%)であった。ただし、この研究では研究間のばらつきが非常に大きく(I²=99.6%)、対象集団や調査方法による差も大きいことに注意が必要である。
一方、GAHTとメンタルヘルスとの関係については、むしろ改善を示す研究が多い。2025年の系統的レビューでは、成人を対象とした13研究(ランダム化比較試験1研究、縦断研究12研究)を検討し、GAHTによって抑うつ、QOL、自殺関連指標などが改善する可能性が示された。唯一のRCTでは、テストステロン療法を直ちに開始した群で、3か月後の抑うつ症状を測る指標(PHQ-9スコア)が比較群より5.6点低下(95%CI:4.4~6.8点低下)していた。また、症状が明らかに改善したとみなせる5点以上の低下がみられた人は、テストステロン療法をすぐに開始した群では61%であったのに対し、開始を待った群では13%であったと報告されている。ただし、このRCTのエビデンスの確実性は低く、縦断研究にもバイアスの問題があるため、結果の解釈には慎重さが必要である。
つまり、プレコンセプションケアでは「ホルモン療法によってうつになる」と考えるのではなく、治療による身体的変化を支援すると同時に、元々のメンタルヘルスの傾向や周囲の社会的ストレスにも目を向けることが重要である。
WHOも、LGBTIQ+の人々がスティグマや差別によって医療へのアクセスを妨げられ、身体的・精神的健康に不利益が生じることを指摘しており、マイノリティーであるが故の差別、偏見、孤立、カミングアウトへの不安、医療へのアクセスのしづらさなど、社会的なストレスとの関連から捉えることが重要である。
この様な社会的課題は、日本における調査からもうかがえる。日本のトランスジェンダー233人を対象とした2024年の研究では、83.3%が「日常的にメンタル面でつらいことがある」と回答し、59.6%が医療機関の受診をためらった経験を報告した。また、対象者の性感染症の既往歴は7.6%であり、無料の性感染症検査を受けた人は62.2%であっと報告されている。この調査は一医療機関を受診したトランスジェンダーを対象としたものであり、LGBTQ全体の割合を示すものではないが、医療へのアクセスやメンタルヘルス上の困難が、プレコンセプションケアを考えるうえでも無視できない課題であることを示している。
プレコンセプションケアとは、「妊娠できる身体をつくること」だけではない。その人がどのような性のあり方で、どのような人生を望むのかを尊重しながら、将来の健康と生殖に関する選択肢を守ることである。
LGBTQの人の中にも、将来、子どもを持つことを望む人がいる。また、現在は子どもを持つことを考えていなくても、将来、気持ちや環境が変わる可能性もある。そのため、ホルモン療法や手術による生殖機能への影響、妊孕性を温存する方法などについて、必要な情報をあらかじめ知っておくことには意味がある。さらに、性感染症やワクチン、がん検診などの身体的な健康管理や、抑うつ・不安などのメンタルヘルスについても、自分自身の状態に合わせて必要な支援につながることが重要である。
大切なのは、性自認や性的指向から、その人の「子どもを持ちたい」という気持ちや将来の生き方を決めつけないことである。子どもを持つことを望むかどうか、いつ、どのような方法で家族をつくるのか。その選択は、一人ひとり異なっている。
だからこそ、LGBTQの人にとっても、必要な情報を得たうえで、自分自身のタイミングで将来を選択できる環境を整えることが、プレコンセプションケアの重要な役割である。プレコンセプションケアとは、妊娠のためだけの準備ではなく、その人が望む未来の可能性を守るための健康支援なのである。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛)