為替市場への介入後も続く円安基調に、日本の政策当局者は警戒を強めている。輸入物価を押し上げ、家計の負担増加につながりかねないためだ。円安は米国にとっても懸念材料となっている。

政府・日本銀行は8月26日までの1カ月間に月次で過去最大となる15兆3993億円の円買い介入を行った。今年は4月30日と5月4日、6日にも合計11兆円余りの円買い介入を実施している。

市場関係者によると、政府・日銀は7月30日のニューヨーク市場で円買い介入に動き、米通貨当局は市場参加者に相場水準を確認する「レートチェック」を行った。翌31日には日米が協調介入を実施。日米財務相はさらなる協調介入も辞さない姿勢を示した。

7月下旬に1ドル=164円に迫った円相場は、協調介入などを受けて一時155円台前半まで上昇したが、足元では160円台まで押し戻された。ウォーシュ米連邦準備制度理事会(FRB)議長がインフレ抑制への決意を改めて強調し、早期利上げ観測の高まりがドル買いを促す。介入だけで円安基調を反転させることの難しさを示した。

円は7月下旬に約40年ぶり安値に下落、月末の協調介入で一時反発

円安の背景は?

円安の最大の要因は、米国など主要国と日本との金利差だ。投資家は低コストで円を借り、海外の高利回り資産に投資しやすいため、円売り圧力が続いている。日銀は6月の金融政策決定会合で政策金利を31年ぶり水準の1.0%程度に引き上げたが、世界的に見ればなお低い。

財政拡張への懸念も円の重しとなっている。政府債務残高は対国内総生産(GDP)比で200%を超え、主要国で最も高い。慢性的な財政赤字によって、日本国債や円への信認が損なわれる恐れがある。

中東情勢を巡る緊張の長期化も円安要因だ。原油のほぼ全量を輸入に頼る日本では、原油高で輸入代金が膨らめば、決済に必要なドル需要の増加を通じて円売り圧力が強まりやすい。

中東の混乱に伴う世界的なインフレ圧力を受け、市場では米利下げ観測が後退し、利上げを織り込む動きが強まった。ドル建て資産の魅力が相対的に高まり、円安が進みやすくなる。

なぜ円安が懸念されるのか?

円安は訪日客の増加や輸出企業の利益押し上げにつながる一方、原燃料を輸入に頼る日本経済にはコスト増となる。輸入物価の上昇を通じて家計の負担は高まり、内需企業の収益も圧迫する。

国内ではインフレ定着への懸念も強い。日銀は、為替相場の変動が物価に与える影響が従来よりも大きくなっているとみており、企業の価格転嫁が進む中、円安が物価をさらに押し上げるリスクを警戒している。

米国も円安を懸念する理由は?

トランプ米大統領は、円安が日本の製造業に不公正な貿易上の優位性をもたらしていると繰り返し批判してきた。円安が進めば日本製品の価格競争力が高まり、米国の対日貿易赤字が拡大する可能性がある。

米国にとって、円安の影響は貿易面にとどまらない。海外勢で最大の米国債保有国である日本が、円を支えるために米国債を売却すれば、米国の金利(資金調達コスト)を一段と押し上げる恐れがある。

米国が7月末に円買い協調介入に動いたことは、米政府の姿勢の変化を表している。ベッセント財務長官は、円安が競争的な通貨切り下げを招く恐れがあるとし、円の安定は米国のみならず、アジア地域全体にとって極めて重要との認識を示した。

円安阻止の手段とは?

当局は、政府高官の発言による「口先介入」で過度な変動を容認しない姿勢を示し、投機的な動きをけん制する。財務相や財務官は介入への距離感に応じて表現を使い分け、「必要があれば断固たる対応を取る」といった強い発言で市場の介入警戒感を高める。

政府・日銀が実際に為替市場に介入すれば、効果はより大きい。

日本は長年にわたり大規模な介入を実施してきた。かつては円高是正のための円売りが中心だったが、近年は円安抑制のための円買いに転じている。24年に4回実施した円買い介入は、いずれも160円近辺で行われ、総額15兆円規模に上った。市場では、この水準が介入の一つの目安として意識されている。

為替介入の実施方法は?

日本は為替レートは市場で決まるべきだとの国際的な原則を支持している。20カ国・地域(G20)は、過度な変動や無秩序な動きが経済や金融の安定に対し悪影響を及ぼし得るとの認識を示しており、変動が激しい場合には介入の余地がある。

日本では財務省が介入を決定し、日銀が実務を担う。財務省が求める効果や市場の反応が介入規模を見定める材料となる。

円買い介入の原資には外貨準備が使われる。24年や今年4-5月の介入では、米国債を含む外国証券を活用したとみられる。政府は通常、介入の有無を直ちには明かさず、財務省が月末に「外国為替平衡操作の実施状況」で介入額を公表する。市場の疑心暗鬼を誘うことも戦略の一環だ。

7月末の協調介入では米財務省がユーロ売り・円買いを実施したと報じられた。協調介入は、東日本大震災後に主要7カ国(G7)が円売り・ドル買いを行った11年3月以来。円買いでは、1998年6月の日米介入以来となる。

介入の効果は? 

介入が行われると、短時間に数円規模で相場が動くことが多い。もっとも、相場を方向付ける経済ファンダメンタルズ(基礎的諸条件)が変わらない限り、効果は一時的なものにとどまりやすい。

外貨準備は本来、大規模な金融ショックや不測の事態から経済を守るためのもので、通貨を継続的に下支えするために使われるものではない。介入は市場環境が変わるまでの時間稼ぎにはなるものの、単独で相場の流れを反転させるのは難しい。

4-5月の介入でも円は急伸したが、約1カ月後には介入前の水準に戻った。

為替介入を継続できるのか?

問題は、政府が介入を継続できるかではなく、どのような場合に、いつ実施するのが適切かという点だ。財務省は、7月末時点で1兆896億ドル(約174兆円)の外貨を保有し、介入余力は十分にあるとみられる。

片山さつき財務相は、米連邦準備制度理事会(FRB)の「外国・国際通貨当局(FIMA)向けレポファシリティー」を早い時期に活用したいとの考えを示した。米国債を担保にドル資金を調達できるため、市場で米国債を売却して現金を確保する必要がない。

政府・日銀が考慮すべき点は他にもある。介入による急激な相場変動は、商品の価格設定や決済、為替リスクのヘッジを難しくし、企業活動を混乱させる可能性がある。

介入には政治・外交上のリスクも伴う。特に円売り介入は、輸出企業に有利に働くため、為替操作との批判を招きかねない。一方、円買い介入はこうした批判を受けにくい。

他の円安是正策は?

為替介入以外では、金融政策の引き締めや経済ファンダメンタルズの改善も円安是正につながり得る。理論上、利上げで日米金利差が縮小すれば、円を支える効果が期待できる。ただ、日銀がマイナス金利政策を解除した24年3月直前と比べて日米の政策金利差は半分以下に縮小したが、円安基調は続いている。

企業に海外資金の国内還流や国内投資の拡大を促すことも選択肢となる。円建て資産への需要を高め、成長が加速すれば海外からの投資も呼び込みやすくなる。高市首相は6月、AIや半導体、防衛、造船などの戦略分野への官民投資を促進する成長戦略を公表した。

片山財務相は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)を含む公的年金基金に対し国内資産への投資拡大を促したほか、少額投資非課税制度(NISA)の対象に国債を加える案を示した。市場では、政府が円相場に影響を与える新たな手段を模索しているとの見方もある。

歳出抑制や政府債務の削減といった取り組みも、財政への信認を通じて日本の資産の魅力を高め、中長期的に円を支える要因となり得る。ただ、こうした施策の大半は効果が表れるまでに時間がかかる。

(ドル円の水準やFRB議長の発言を追加して更新します)

--取材協力:鈴木克依.

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