■要旨
・株高や対外資産の増加が、家計の預金比率を押し下げている。
・日銀が国債を手放す動きも、家計の預金比率を低下させている。
・マクロ的な資金循環の変化が、貯蓄から投資への移行を促す。

はじめに

26年6月に執筆したコラムでは、「貯蓄から投資へ」というスローガンを「家計の保有金融資産に占める預金比率の低下」として捉えた場合、日本でこれが進んでこなかった理由について、銀行の信用創造の観点から論じた。

「貯蓄から投資へ」の進展を「家計の資産選択行動や消費性向」の側面から把握することは、「金融資産保有者」の行動を理解することと言え、この点に注目した論考は多い。一方で、金融資産の変化には対応する金融負債の変化も伴う。家計部門が保有する預金の金融資産に占める割合(以下「家計預金比率」と呼ぶ)は次の数式で表現できる。

ここで、ポイントとなるのは誰かが保有する金融資産は、誰かが発行した金融負債に対応していることである。細部を捨象すれば、分母の家計部門が保有する金融資産は、家計以外の部門(企業等)の金融負債に対応している。一方、分子の家計部門が保有する預金は分母の家計部門が保有する金融資産の一種である。資金調達をしたい主体が銀行を介して調達を行う場合、この資金調達主体の金融負債が増えるが、金融負債に対応する金融資産を直接保有するのは銀行である。家計が保有するのは金融負債の増加と合わせて生じる預金(が家計に回ってきたもの)である。

単純化した例として、企業が株式発行と銀行借入で100万円ずつ資金調達を行ったとする。そして最終的に家計が株式と銀行預金を100万円ずつ保有したとする(銀行のバランスシートは資産側に貸出、負債側に預金で各100万円ずつとなる)。このとき、家計の保有金融資産は株式と預金の計200万円、うち預金が100万円となる。したがって家計預金比率は50%である。家計がリスク性資産を多く保有したいという意向を持っていたとしても、流通している金融負債が株式と銀行借入の100万円ずつしかなければ家計預金比率は50%から変わらない。家計間で預金の保有者や株式の保有者は入れ替わるかもしれないが、マクロの預金残高と株式残高は変わらない。ただし、株式の時価上昇を通じて家計預金比率が低下することはあり得る。この例の場合は、株式の時価総額が100万円から150万円に増加すれば、家計預金比率は100万円/(100万円+150万円)=40%に低下する。いずれにせよ、家計預金比率は金融資産保有者(家計)の意向だけでなく資金調達主体(企業)の意向によっても規定される。

すなわち、家計保有金融資産は他部門の金融負債に対応し、このうち銀行を介して調達した金融負債(おおむね間接金融で調達した金融負債や銀行を介した国債発行)が預金に対応する。つまり、家計預金比率は他部門が銀行を介して調達した金融負債比率と密接に関係している。

上記コラムでは、資金調達主体や仲介機関に注目すると、日本では企業部門や政府部門の資金調達について、銀行を介した信用創造を伴う経路が主流となっていることから、経済全体での預金残高が多く、そのため家計部門が保有する金融資産に占める預金比率は低下しにくいと論じた。ただし、企業部門や政府部門の資金調達構造や家計預金比率が変化する要因については深掘りしなかった。

本稿ではこれまで家計預金比率が長らく横ばいで推移してきたこと、さらに直近で家計預金比率が低下していること、つまり近年「貯蓄から投資へ」が進んでいることについて、資金循環統計における資金調達主体や金融仲介に注目して定量的な把握を試みる。

以下、資金調達主体に着目しつつ、第2章では家計預金比率の分母(家計保有金融資産)の推移を、第3章で同じく分子(家計保有預金)の推移を概観する。これを踏まえて、第4章では家計預金比率の変化について確認する。

家計部門が保有する金融資産

まず、家計預金比率の分母である家計部門が保有する金融資産残高について、より詳しく確認する。

1|資金調達主体から見た家計部門の金融資産

海外部門を含めた経済全体で見て、金融資産と金融負債の金額は一致する(誰かの金融資産は誰かの金融負債になっている)。このとき、家計部門以外の部門でも金融資産が保有されていることも考慮すると、家計部門が保有する金融資産残高は、家計部門以外のネットの金融負債残高(金融負債超過額=金融負債-金融資産、資金循環統計では金融資産・負債差額のマイナス)および家計部門自身の金融負債残高の合計額と等しいことが分かる(ただし誤差(全部門合計の金融資産・負債差額)が存在するため資金循環統計上の数値は厳密には一致しない)。

つまり、下記の恒等式が成立する。

家計部門の金融資産 = 他部門のネット金融負債合計+家計部門の(グロスの)金融負債

ここで、家計部門以外の他部門を企業、金融機関、政府(社会保障基金を除く)、社会保障基金、民間非営利団体、海外に分けて、右辺の経済主体別の残高推移を確認する。なお、政府部門は公的年金を含む社会保障基金とそれ以外で資産・負債の構造が大きく異なるため、適宜、社会保障基金を分離している。経済主体別ネット金融負債の変化からは、90年頃までは企業部門のネット金融負債残高が大きかったが、その後、政府部門のネット金融負債が企業のネット金融負債を上回るようになったことが分かる。ただし、足もとでは企業部門のネット金融負債が再び政府のネット金融負債を上回っている。この間、海外部門のネット金融負債は一貫して増加し、家計部門の(グロスの)金融負債残高を上回った。

ネット金融負債が大きい企業、政府、海外の各部門の動きについては、以下でさらに詳しく述べる。留意点として、資金循環統計では、金融資産も金融負債も原則として時価評価可能なものは時価評価されている。そのため、ネット金融負債残高は、フローのネット資金調達額(資金過不足)の累積額に、時価変動等に相当する調整額の累積額を加えたものに等しくなる。つまり、以下の式が成立している。

期末のネット金融負債残高(金融負債超過がプラス) = 期初のネット金融負債残高+ 期中のネット資金調達額(資金不足がプラス) + 期中の調整額(時価変動等)

次章では家計部門の金融資産について、資金調達主体(企業、政府、海外等の各部門)の側から分析するにあたって、現行の資金循環統計データを取得できる79年度末(80年3月末)を期初として、各部門のフローの資金過不足と調整額を積み上げる形でその推移を確認する。また、次章以降における分析の参考にするため、適宜グロスの金融負債残高も確認する。

2|企業部門の金融負債

まず、企業部門のネットの金融負債残高がどのように積み上がってきたかを確認する。

企業部門は90年代終盤までは資金不足主体であり、継続的に資金調達額を増やしてきた(資金不足の累計が増加してきた)が、バブル崩壊後、90年代後半に資金余剰主体に転じた。その後、企業部門のネット金融負債が増加したのは、株式などの既発の金融負債が時価評価により増加した影響(調整額による金融負債の押し上げ要因)が大きい。特にリーマン・ショック後の10年代以降は調整額による金融負債の押し上げ幅が大きくなっている。資金循環統計では一部の項目について簿価のデータも集計されているため、民間企業部門の(グロスの)金融負債残高の時価および簿価を確認すると、株式・投資信託は26年3月末時点の残高で、時価が1755兆円、簿価が141兆円であり、時価は簿価の12倍以上に膨らんでいる

3|政府部門の金融負債

続いて政府部門(社会保障基金を除く)のネット金融負債残高を確認する。

企業部門と同様にフローの資金過不足と調整額の推移を確認すると、政府部門はフローの資金不足額が大きく、金融負債の増加の大部分を占めている。ただし、近年は金利上昇により債券時価が低下している。そのため、足もとでは調整額による押し下げが目立っており、ネット金融負債全体は22年をピークに減少している。また、政府部門(社会保障基金を除く)の(グロスの)金融負債は債務証券、特に国債がほとんどを占める(なお以下では「国債・財投債」を単に国債と言うことにする)。

4|海外部門の金融負債

最後に海外部門のネットの金融負債残高を確認する。

フローの資金過不足と調整額の推移を確認すると、海外部門は政府部門と同様、フローの資金不足が主に負債残高の増加に寄与している。(グロスの)負債残高では2000年以降の対外証券投資の急拡大が目立つ。なお、海外部門の負債は、換言すれば日本の(対外)金融資産でもあり、日本が海外への証券投資を拡大させてきた様子が見て取れる。