■要旨
・利回り上昇中の個人向け国債は、定期預金に対し優位性が高まる。
・預金からの大規模な国債シフトは、政府と家計に恩恵、銀行に打撃。
・日銀の物価上振れ警戒を踏まえ、次回の利上げ時期は10月と予想。

個人向け国債の強みと弱み
今年に入ってから、個人向け国債の利回り上昇が加速している。本日公表された8月募集・9月発行分の利回り(税引前)は、固定3年物が1.71%、固定5年物が2.06%、変動10年物が1.87%と、それぞれ昨年12月発行分に対し、0.7%~0.9%高い水準にある。なかでも固定5年物は、個人向け国債として初めて2%の節目を突破している。
(個人向け国債の強みと弱み)
まず、個人向け国債の特徴を確認すると、時価評価を行わないため価格変動がなく、国が債務不履行に陥らない限り元本が保証されている。利子の受け取りは半年毎に年2回で、発行から1年経過後は直前2回分(つまり1年分)の利子と引き換えにいつでも解約が可能な仕組みになっている(ちなみに、市場で売買される国債や新窓販国債、国債を組み込んだ投資信託は時価が変動するため、中途売却時に元本割れするリスクがある)。
現在は満期の異なる3種類が毎月発行されており、3年物と5年物が固定金利タイプ、10年物が変動金利タイプ(市場の国債利回りに応じて半年毎に適用利率が変動)となっている。

ここで、個人向け国債の販売動向を確認すると、2024年以降、販売額が増加傾向にある。とりわけ、今年7月までの累計販売額は5.2兆円と前年同期比で5割以上増加している。日銀による金融政策正常化や財政拡張観測、インフレ観測などを受けて、基準となる国債利回りが上昇したことで、個人向け国債の利回りが各種ともに大きく上昇したためだ。


もちろん、外国国債や社債に比べれば利回りは低いものの、価格変動リスクがなく、信用リスクも極めて低い金融商品としては高い利回りといえる。
実際、商品性が近い銀行の定期預金と比べると、個人向け国債の金利面での優位性は高まり続けている。個人向け国債と同じ期間の銀行定期預金金利(各行平均)との差は、2022~2024年頃から拡大傾向にある。直近のデータである今年7月時点では、個人向け国債の利回りが定期預金金利を1.0~1.3%も上回っている。個人向け国債の利回りは、仕組み上、この間の市場における国債利回り上昇の影響を強く反映する一方、定期預金金利の引き上げは比較的緩やかなためだ。
このように、個人向け国債は金利面において預金に対する優位性を高めている。さらに、安全性についても、個人向け国債に優位性がある。銀行の定期預金も、1金融機関につき預金者1人当たり元本1000万円とその利息までは預金保険制度の対象となるため、安全性が大きく見劣りするわけではない。ただし、1000万円を超える部分については、銀行の破綻時に損失が生じる可能性がある。これに対し、個人向け国債には保護金額の上限がなく、日本政府が債務不履行に陥らない限り、国が元本と利息の支払義務を負う。
国が債務不履行に陥る一方で、銀行預金が毀損を免れる事態も理論上はあり得る。ただし、そのような状況では、銀行経営も深刻な打撃を受けている可能性が高い。
また、金利上昇リスクへの対応力という面でも個人向け国債に分がある。10年物に限られるものの、市場の国債利回りに応じて半年ごとに適用利率が見直されるため、金利上昇時の機会損失をある程度抑えることができる。
一方、銀行預金と比較した場合の個人向け国債の弱点としては流動性が挙げられる。銀行の定期預金は、特殊なものを除き、いつでも中途解約が出来る(ただし、適用利率は下がる)。一方、個人向け国債は、死亡時や、災害救助法の適用対象となった大規模な自然災害によって被害を受けた場合を除き、原則として発行後1年間は中途換金ができない。さらに、手続きから着金までの期間も、定期預金が原則即日であるのに対し、個人向け国債は申込日を含めて概ね3営業日を要する。
なお、中途解約時の利息はケースバイケースだが、定期預金では減額され、個人向け国債では直前2回分(1年分)が差し引かれる。このため、保有期間が短い場合は、個人向け国債の方が不利になりやすい。
また、手続きの面でも個人向け国債はやや劣る。定期預金は普通預金口座があれば比較的簡単に始められるが、個人向け国債の購入には、銀行で専用口座を開設するか、証券口座を開設する必要がある。
以上の通り、個人向け国債にも弱点はあるものの、金利面での優位性が顕著に高まっており、相対的な魅力は増していると言えよう。特に、高齢期を迎え、価格変動リスクを取りづらくなった家計にとっては、必要な流動性を預金で確保したうえで、余裕資金の一部を個人向け国債に振り向けることは一考に値する。
(個人向け国債の拡大余地は大)
前述の通り、個人向け国債の販売は近年拡大傾向にあるが、預金に対する優位性が高まっていることや、家計金融資産に占める割合が依然として低いことを踏まえると、販売がさらに拡大する余地は大きいだろう。
日銀が国債保有残高の圧縮を続けるなか、家計には、日銀に代わる安定保有主体の一翼を担うことも期待されている。これに関連して、政府は先月策定した「骨太の方針」で、「個人向け国債の魅力向上による国内投資家層の拡大を図る」との方針を掲げた。また、国民民主党が国債をNISAの対象に加える法案を提出し、片山財務相も前向きな姿勢を示すなど、政策面で後押ししようとする機運も高まりつつある。

実際、2024年に実施されたNISA拡充は投資信託にとって強い追い風となった。NISAが拡充された同年1月を境として、家計資産の投資信託への純流入額は概ね倍増している。

家計の国債保有残高は直近の3月末時点で約20兆円にすぎない。一方、商品性の近い定期性預金は350兆円余り、流動性預金と合わせれば1000兆円を超える。こうした資金量を踏まえると、政策的な後押し次第では、預金から個人向け国債への大幅な資金シフトが起きる可能性もある。
(個人向け国債へのシフトによる影響)
最後に、家計金融資産において、個人向け国債への大幅な資金シフトが起きた場合に想定される影響について考える。
まず、為替への影響は限定的となる可能性が高い。オルカンや米国株などへの投資資金が個人向け国債に向かえば、対外証券投資に伴う円売り圧力は弱まる。ただし、両者はリスク・リターン特性が大きく異なるため、大幅なシフトは考えにくい。むしろ、商品性の近い定期預金からのシフトが中心になるとみるのが妥当だろう。
その場合、政府にとってはプラスに働く可能性が高い。国債の安定消化を促し、国債利回りの上昇抑制に寄与し得るためだ。一方、現在も家計の預金の一部は、預金取扱機関を通じて国債の購入に回っている。預金からの資金流出が銀行の国債投資余力を低下させる可能性はあるものの、安定保有が見込める家計が国債を直接保有する意義は大きい。
なお、政府は個人向け国債を取り扱う金融機関に各種手数料を支払うため、その分は追加的なコストとなる。ただし、主な手数料率は、販売時が0.08~0.14%、管理時が年0.04%と低く、影響は限られるだろう。
また、家計にとってもプラス面が大きい。預金から個人向け国債に資金を移し替えることで、利回りが上昇し、受取利息が増加するためだ。家計全体で定期預金から個人向け国債へのシフトが将来的に100兆円発生し、両者の利回り差が現状並み(直近の年限別販売額で案分すると税引後で0.92%)と仮定すると、受取利息の増加額は年間約9,200億円(税引後)となる。利回り差の大きい普通預金からのシフトが進む場合や、NISAの適用など政府による免税措置が導入された場合には、さらに受取利息の増加額は拡大する。
個々の家計でみると、資金シフトの余地が大きい高齢世帯ほどメリットを享受しやすい。平均値であり、中央値ではない点には留意が必要だが、世帯主が70歳代の家計は定期性預金を平均779万円保有している。仮にこの全額を上記の条件で個人向け国債に振り替えれば、受取利息は年間7万円余り(税引後)増加する計算になる。
ただし、あえてデメリットを挙げるとすれば、家計間の格差を広げる方向に働くことだろう。個人向け国債に振り向けられる余裕資金が多い家計ほどメリットを享受しやすい一方、1年間換金できない資金を確保できない家計には、恩恵が及びにくいためだ。政府が政策的な後押しを強化すれば、より不公平感が高まりかねない。

一方、銀行をはじめとする預金取扱機関には、悪影響が及ぶ可能性が高い。日銀保有国債の借り換え分を家計が引き受ける形で、預金から個人向け国債への大規模な資金シフトが起これば、銀行にとって低コストの資金調達手段である預金残高が減少するためだ。
預金の流出が大規模なものとなれば、銀行は、
(1)預金金利を引き上げて預金の流出を抑える、
(2)市場性資金による調達を増やす、
(3)貸出金利を引き上げる、
(4)貸出やその他の資産を抑制・圧縮する、といった対応を迫られる可能性がある。これらは調達コストの増加や貸出の減少、信用コストの増加などを通じて、銀行収益の下押し要因となり得る。
一方、個人向け国債の販売増加による手数料増加は見込めるものの、前述の通り、影響は限定的だろう。

このように、個人向け国債の販売拡大は、金融市場や家計、政府、銀行に幅広い影響を及ぼす可能性がある。今後の販売と政策面での後押しを巡る動向が注目される。