備蓄米制度に残る課題
今回の備蓄米放出では、流通の遅れ、民間在庫の把握不足、輸入米が果たした調整機能といった制度運営上の課題も明らかになった。以下では、これらの課題を整理し、今後の備蓄米制度に求められる見直しの方向性を確認する。
備蓄米は流通に時間がかかる
今回、課題となったのは、備蓄米の市場流通における機動性である。政府は約100万トンを保有していたが、備蓄米は玄米であり、消費者に届くまでには品質確認、精米、包装、配送、販売先調整などが必要である。加えて、一般競争入札には公告期間を要した。また売渡しの混乱を避ける観点から川上の集荷業者に販売したことで、川下へ届くまで時間を要した。
随意契約は小売等に近いルートへ直接供給することで流通の早期化を図ったが、申請処理、数量配分、引渡し場所、精米委託先、包装資材などの調整に時間を要した。現在、新たに民間の保管・流通機能を活用した備蓄方式の試験運用が検討されている。民間備蓄なら、事業者が品質や数量を把握し、既存ルートを使えるため、政府備蓄よりも機動的に供給できる可能性がある。一方で、不正な流用や不当な囲い込み、在庫情報の不透明化といった懸念もあるため、数量管理、報告義務、監査体制をあわせて設計する必要がある。
民間在庫の実態把握
民間在庫の把握内容にも課題があった。統計上では在庫量が確保されていても、多くの在庫は販売先が既に決まっている。端境期には在庫の販売契約率が90%を超え、売り先がほぼ決まっていた。
政府は、民間在庫の総量に加え、動かせる在庫がどれだけあるのかを把握する必要がある。卸、小売、中食、外食、加工業者まで含め、在庫量、取引量、取引価格、精米数量などを継続的に把握する仕組みが不可欠である。農水省も届出・報告対象の拡大を示しており、今後は政府備蓄、民間備蓄、民間在庫、流通情報の組み合わせが進もうとしている。
海外産米が示した制度外の調整弁
今回の価格高騰局面において、民間による米の輸入量は2024年1,015トンから2025年96,834トンと前年比で約95倍になった。ただし、元の輸入量が僅少なため、国内需要全体に占める割合は1%弱にとどまる。一方で、備蓄米制度は、国産米の不足を国産米の備蓄で補うことを基本としている。その制度趣旨に照らせば、今回、海外産米が実質的な調整弁として機能したことは、制度の想定と市場の実態との間にギャップがあることを示している。
政府は国産米備蓄の放出で供給不足を補おうとしたものの、民間企業が自発的に輸入を増やした点が重要である。放出が遅れ、店頭価格が高止まりすれば、民間事業者は海外産米を選択肢に入れる。すなわち一部の消費者や外食事業者に重要なのは、米が国産か否かではなく、必要な時に、手が届く価格で米を確保できることであった。
おわりに
令和の米騒動に伴う備蓄米放出では、当初、備蓄米の放出が市場の価格形成を過度にゆがめないかが問われた。政府も、競争入札から随意契約へ、買戻し条件付きから買戻し期間の延長・買戻し条件なしへと運用を変更した。
放出後の買戻しについては、単に放出量を穴埋めするだけでは不十分である。政府備蓄の残高、年産構成、6月末の民間在庫、作柄見通し、需要動向、海外産米の調達状況などを見ながら、時期と数量を判断する必要がある。民間在庫が一定の水準を上回り、価格下支えにつながる懸念が小さい場合には、備蓄水準の回復や年産米の入替えを兼ねた買入れは検討すべきである。一方で、放出時点で買戻し条件を固定すれば、将来の政府需要が市場に織り込まれ、価格形成に影響を及ぼしかねない。
備蓄米制度は、不作時の保険として始まった。しかし令和7年の備蓄米放出は、備蓄米制度に、流通停滞、民間在庫の硬直性、民間による海外産米の調達といった新しい課題を顕在化させた。今後の備蓄米運営では、放出後に一律に買戻すという発想ではなく、需給環境に応じて出し方と戻し方を調整できる制度設計が必要になる。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 准主任研究員 小前田 大介)