(ブルームバーグ):6月半ばの主要7カ国首脳会議(G7サミット)に招待されたインドのモディ首相は、トランプ米大統領と会談する機会を得た。2人が直接顔を合わせるのは1年4カ月ぶりだった。
表面的には極めて友好的な雰囲気だった。モディ氏はトランプ氏の和平への取り組みを称賛し、トランプ氏もモディ氏に対して、「彼は天使のように最も美しい男だ」とやや過剰とも言える賛辞を送った。
しかし、両国関係の内実を見ると、多くのことが変化している。モディ氏の態度は異例なほど厳しかった。いつものように抱擁でトランプ氏を迎えることはなく、湾岸地域の紛争に巻き込まれたインド人船員の危険についても率直に言及した。それまでの2週間で米国の行動によって3人のインド人船員が死亡している。
関係悪化は一方的なものではない。表面的な親しさを演出したトランプ氏だが、これまで緊密だった関係を解体する主導権を握っているのはむしろ米国だと示した。
少なくともニューデリーではそう受け止められた。米国防総省が米インド太平洋軍の名称を「米太平洋軍」へ戻すと決定したとの報道が伝わったためだ。
司令部をホノルルに置く太平洋軍は、トランプ政権1期目にインド太平洋地域全体を重視する姿勢を示すため改称された。この概念を最初に提唱したのは故・安倍晋三元首相だった。太平洋とインド洋を経済・軍事の両面で一体化した単一の戦略空間と捉えていた。
その背景には、より攻撃的になった中国に対して、米国主導の下で結束した数カ国が複数の戦線で対峙(たいじ)しなければならないという考え方があった。
南アジアや東南アジア、とりわけインドの戦略立案者たちは、米国がインド太平洋に注目していることによって、自国が米政府が描く今後数十年の戦略の中心に位置していると確信できた。この名称は一種の約束だった。
そしてその約束は、軍事装備や戦略ドクトリン、軍同士の関係強化、さらにはロシアや貿易を巡る大きな対立を乗り越えた二国間関係の中に徐々に組み込まれていった。
もちろん、「インド」という言葉を外すことが必ずしもインドを切り捨てることを意味するわけではない。国防総省も声明で、太平洋軍の作戦管轄区域に変更はないと強調している。それでも少なくとも、インド洋とインドの優先順位が下がったことを示唆している。
衝動的なディール
オブザーバーらは、シンガポールで5月下旬に開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ会合)でのヘグセス国防長官の演説に注目している。そこではインドへの言及が最後だった。
韓国、フィリピン、日本、オーストラリア、シンガポール、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムの後にインドに触れられた。トランプ政権に特徴があるとすれば、象徴的な形で軽視のメッセージを発し、それがやがて政策へと変わることだ。
米国がインド洋への関心を弱めたことには、それなりの理由があるのかもしれない。例えば台湾を巡る長期的な対立が起きた場合、中国封じ込め戦略の古典的な構想の多くは、インド洋やマラッカ海峡を通る中国のエネルギー供給を遮断することを前提としていた。
だが、そのシナリオは10年前ほど有効ではなくなっている。第一に、中国はホルムズ海峡封鎖時に、数カ月に及ぶ燃料不足を管理する能力を非常に効果的に示した。第二に、中国は中央アジア経由でロシアへ至る陸上のインフラや、パキスタンの深水港グワダルへ至る輸送網を整備しており、インド洋沿岸諸国が中国の供給ラインに与え得る脅威を小さくしている。
しかし、インド当局にとってより大きな懸念は、自国がもはや中国抑止に向けた米戦略の中核ではなくなりつつあることだ。2000年代半ばに形成されたこの認識こそが、インド政府が歴代米政権と向き合う際の特別な立場の基盤となっていた。
そして、周知の通り、トランプ政権は従来の政権とは異なる。トランプ氏はアジアの安全保障を支える長期的な連携構築に忍耐強く投資するつもりがないのかもしれない。その代わりに、もっと取引的な関係、あるいはより正確には衝動的なディールによって何が得られるかを重視している可能性がある。
さらに、中央アジアの重要性が中国にとって高まれば、やがて米国にとっても同様に重要になるだろう。例えば、パキスタンの指導層はトランプ氏の関心を享受している。インド太平洋は「ユーラシア」に取って代わられたのだ。
名称変更に大きな意味を見いだそうとすると、深読みし過ぎとの思いにも駆られる。しかし今回に限っては、そうではなさそうだ。トランプ政権1期目の改称は、米国がインド洋とその沿岸諸国を中国との競争における中心的な存在と見なしているとの表明だった。
短い期間だったが、インドはアジアに関する壮大な米国の構想の要と自らを位置付けることができた。だが今や、米国にとっては複雑な関係を抱え、厄介な貿易赤字問題を伴う数ある国の一つに過ぎなくなったと考えるべきなのかもしれない。
(ミヒル・シャルマ氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。ニューデリーのオブザーバー・リサーチ財団のシニアフェローも務めています。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの見解を反映するものではありません)
原題:Why the US Dropping ‘Indo’ From Pacific Matters: Mihir Sharma(抜粋)
もっと読むにはこちら bloomberg.com/jp
©2026 Bloomberg L.P.