なぜ日本では「若者」の雇用環境が悪化しないのか
まず、日本でも企業がAI浸透を背景にエントリーレベルの「職」を再構築する動きはすでに生じている。
①事務職人員の削減を行いつつ営業やコンサルティング業務に配置転換する、
②従来の事務職を再定義、スキル獲得の支援とともに高度な専門性を求める形で新卒採用の職掌を組み替える、
③バックオフィス業務を総合職化して事務のプロフェッショナルを育成する・・・
などが主な事例だ。特徴的なのはエントリーレベル業務の再整理を進めながらも、より高度な業務を求める形に組み替えたうえで採用枠の維持・拡大を打ち出す企業が目立っている点である。
なぜ日本では、AIがエントリーレベル職を侵食しても、新卒採用の縮小に直結しないのか。鍵は労働市場の構造にある。ジョブ型労働市場が基本の欧米では、企業は職務(ジョブ)に紐づいて人を採用し、雇用者にはその職務を遂行するための即戦力であることが求められる。AIがエントリーレベルの職務を代替すれば、無スキルの若者・新卒者の主たる受け皿が縮み、若年雇用へのしわ寄せが直接及びやすい。
一方の日本では、依然としてメンバーシップ型の雇用慣行が根強く残っている。企業は特定の職務ではなく組織の一員を採用する。新卒採用は「エントリーレベル業務の担い手を確保する手段」としての位置づけに加えて、将来的に専門人材、幹部候補へ育成する仕組みとなっている。AIで定型業務が省力化されても、将来の伸び代を見込んで新卒者を確保し、育成しておくインセンティブは容易には消えない。
むしろ、AIをはじめとする働き方の変化への柔軟性・適応力という観点では、白地のキャンバスである新卒者の優位性は際立つ。中高年層と比べてリスキリングの心理的・時間的コストが低く、デジタルツールへの抵抗感も小さい。学生時代から生成AIを日常的に利用してきた世代であれば、AIを使いこなす前提で再設計された業務への適応もスムーズだろう。
加えて、年功的な賃金カーブの名残から、生産性に対して賃金が高くなりがちなのは新卒者ではなく実務担当のミドルシニア層である。メンバーシップ型雇用が生む課題として「社内失業」「窓際族」「働かないおじさん」など、出世ルートを外れて社内に活躍の場を失った中高年層の存在がある。賃金上昇圧力が強まる下で、足元で増えているのが希望退職制度などの利用である。東京商工リサーチによれば、2025年度の上場企業の希望退職募集人数は2万781人と前年度の約2.5倍にのぼり、その多くは黒字企業だった。対象の多くは中高年層に偏っている。
ジョブ型雇用の欧米では人員整理が「ジョブ」を基準に決まる。年齢ではなく職務で待遇が決まるため、日本のようにエントリーレベルに近い仕事を中高年層が高い賃金で行っている、といったギャップはそもそも生じていない。その結果、エントリーレベルの仕事の淘汰は若年雇用の悪化に直結するのである。一方、日本ではメンバーシップ雇用に根差した中高年層の余剰感が依然として強い状態にあるとみられる。人員整理の対象となりやすいのは新卒採用より中高年層、という現実は初任給の上昇と希望退職の増加という状況からも明らかである。従来は「従業員への裏切り」のようにとらえられた中高年の早期退職制度も、中高年の転職市場の拡大、株価や企業価値向上のための手段としてより一般的にとらえられるようになってきている。