(ブルームバーグ):建築家たちは長年、腕時計に魅了されてきた。コレクターとして、協力者として、そして時にはデザイナーとしてだ。
1930年代にスイスの高級時計ブランド、ジャガー・ルクルトが発表したレベルソのデザインと、ル・コルビュジエの建築には「黄金比」という共通項がある。建築家フランク・ゲーリーは近年、ルイ・ヴィトンと協業している。こうした関係性は、美学の域を超えて深い。時計製造と建築は、形態と機能を融合させて永続的な価値に昇華させるという根本的な哲学を共有している。
時には、たった1本の時計が、建物そのものの重みを背負っているかのようなこともある。1929年にパテック・フィリップが米宝飾店ティファニー向けに製作した腕時計がそうだ。これを最初に身に付けた人物に、建築家のポール・スターレットがいる。ニューヨークのフラットアイアン・ビルや初代ペン・ステーション、プラザホテルの建設に関わった一人だが、おそらく最もよく知られているのはエンパイアステートビルの建設を統括したことだろう。
この時計は6月13-14日、同ビルの95周年記念日に合わせて米オークション会社フィリップスが開催するニューヨーク・ウオッチ・オークション:XIVに出品される。予想落札価格は1万5000-3万ドル(約240万-480万円)だ。
パテック・フィリップのロゴがない、同社としては珍しいいわゆる「ホワイトラベル」のデザインで、文字盤には「Tiffany & Co.」と「Switzerland」が大文字で刻印されている。大きめでありながらバランスの取れた曲線的な長方形ケースと、建築的なアール・デコ様式が特徴で、驚くほどモダンな印象を与える。スターレット家が100年近く大切に保管してきた。
建築家たちは建物という巨大構造物を、時計という1000分の1のスケールに収める挑戦を以前から楽しんできた。時計デザイナーのエリック・ジルーは建築家としてのキャリアを積んだ後、1997年に時計のスケッチを初めて描いた。その後はスイスのブランド、MB&Fとの仕事を通じて広く知られるようになった。ジルーのデザインは、時計界のアカデミー賞とも称される「ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)」でこれまでに20の賞を受賞している。
「建築とは人間が動き回る空間を創り出すことだが、時計は人間が装着する。まずスケールに適応し、次に防水性や人間工学といった新たな制約と折り合いをつける必要があった」と語っている。
ジルーによれば、2009年のGPHGでデザイン賞を受賞したハリー・ウィンストンの「オーパス9」は自身の建築に関する知見に着想を得ている。「強固な構造へのこだわり、実体と虚空の研究、そして光との極めて洗練された関係性によって導かれた」 という。
透明なサファイアケース越しに見える構造は、ブリッジや支柱によって建築的な骨格美を描き出し、本来は隠されるはずのムーブメントを、単なる機械機構ではなく、まるで建築空間のような立体構造として浮かび上がらせている。小売価格は18万スイス・フラン(約3600万円)。
時計と建築の融合は、フランスの建築家兼デザイナー、マルク・ベルティエの作品にも見られる。2010年に四角いフォルムのエルメス「カレ アッシュ」を手掛けた。小売価格が当時1万5000ドルだったこの時計は、同ブランドが現在展開するスポーティーな時計の先駆けと見なすことができる。
流動的で有機的なラインが特徴の建築家ザハ・ハディドは、1990年代にアクメ・スタジオ向けに、2014年にはウィル・アイ・アム(Will.i.am)の「パルス(Puls)」プロジェクト向けに、それぞれ時計をデザインした。後者はAT&Tを通じて399ドルで販売されたカフス型スマートウオッチだったが、革新的なアイデアにもかかわらず、人気が出なかった。
日本の建築家、安藤忠雄が初めて手掛けた腕時計「2025 Ando」は、ポルトガルのブランド「Cauny」によって製造され、MoMA(ニューヨーク近代美術館)デザインストアとの限定コラボレーションとして発売された。手頃な価格(217ドル)のモデルで、コンクリート打ちっぱなしのミニマリズムを腕時計で見事に体現している。
そぎ落としたアプローチは、他の腕時計にも見られる。インテリア兼工業デザイナーのマーク・ニューソンがレッセンスとコラボし最近復活させた2000年代のデザインや、ドイツにあった建築・美術の芸術学校バウハウスの機能美の流れをくむ同国時計メーカーのユンハンスのモデルなどだ。
もちろん、フランク・ロイド・ライトを忘れてはならない。これほど強烈なデザインの遺産を残した建築家はあまりいないだろう。
ブローバの96A287(価格425ドル)を例に挙げよう。これは、フランク・ロイド・ライト財団とブローバ・クロックスが長年続けるコラボの一環で、ライトが1910年にシカゴで完成させたプレーリースタイル(草原様式)建築の傑作の一つ、ロビー邸に着想を得ている。建物の特徴である水平の強調と幾何学的な装飾をステンレススチールケースに収めた文字盤の模様へと昇華させている。
一方、ルイ・ヴィトンは、建築家による洗練されたミニマルなケースデザインも華やかになり得ることを証明している。「モントレー」は、パリのオルセー美術館で知られるイタリア人建築家ガエ・アウレンティによってデザインされたが、小石型の独特な形状は、シンプルでありながら時代を超越した魅力を放っている。1988年に発売されルイ・ヴィトンの時計製造進出の幕開けとなった同モデルは2025年に復刻。39ミリの18金イエローゴールドケースには、赤と青のラッカーがアクセントとなった文字盤が収められている。188本限定で、小売価格は932万8000円。
ルイ・ヴィトンは2024年には、建築家のゲーリーとも協業。彼のキャリア初となる時計は「タンブール」モデルから発表された。同モデルの特徴であるドラム(太鼓)型ケースには、ゲーリーがソウル旗艦店のデザインに採用した波のような流麗な曲線を施したほか、パーツも200キロの巨大なサファイアクリスタルから削り出した。「タンブール・ムーン・フライング・トゥールビヨン・ポワンソン・ド・ジュネーブ・サファイア」はわずか5本のみ製作され、価格は1本100万ドルに近い。
ニューヨークを拠点とする独立系ブランド「トレダノ&チャン(Toledano & Chan)」のフィリップ・トレダノは、マルセル・ブロイヤーがホイットニー美術館のために設計し、現在はサザビーズ本社となっているビルの非対称な窓枠のデザインから着想を得た。5700ドルで発売された「b/1」コレクションについて、「僕たちは二人ともブルータリズム建築が大好きで、建物の写真からインスピレーションを得た際、この窓の美しい形が目に飛び込んできた」という。
同様に、フランス人建築家アラン・シルベスタインによる原色を用いたポップアートは、時計デザインにマキシマリスト的なアプローチをもたらしたが、その根底にはバウハウス流の幾何学、色彩理論、建築の基礎がある。1980年代半ばまでデザイナーとして活動していたが、スウォッチの登場を機に、時計製造の保守的な伝統を覆す新たな道に進んだ。
シルベスタインは2012年まで自身のブランドを運営したが、その独創的な文字盤デザインは2019年にスイス時計会社ルイ・エラールによって復活した。発売からわずか数時間で完売し、世界的なデザイン賞の一つであるレッド・ドット賞を受賞した。 3月26日に発売された2つの新作時計には、鮮やかな「スマイル・デイ・ブルー」(価格は4000スイス・フラン)が含まれ、さらなる進化を遂げた。ブルーのサンレイ文字盤を背景に、赤い三角形の時針、白い矢印型の分針、そして黄色の蛇行する秒針という幾何学的な要素が、バウハウスにルーツを持つ遊び心あふれる形状を表現している。
この時計で最も注目すべきは、表情によって一週間を刻む仕組みだ。6時の位置のスマイルマークは週末になると黒から赤へと色が変わるほか、金曜日が近づくにつれて表情が明るくなっていく。建築家でない人にも、この魅力は十分に伝わるだろう。
原題:Watches and Architecture Have a Long, Enduring History(抜粋)
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