「受診の壁」を下げ、将来の家計リスクを抑える

本分析からは、世帯収入によって受診の遅れにつながる要因が異なることが示唆された。自覚症状の有無によって多少の違いはあるものの、総じて低収入層では経済的負担や「様子見」が、中高収入層では時間の都合や予約の制約が、それぞれ受診を遅らせる壁となっている。つまり、受診を促すには、単に受診の必要性を啓発するだけでなく、収入階層ごとに異なる障壁を踏まえた対応も課題であるといえよう。

受診の遅れは、疾病の早期発見や重症化予防の機会を失わせるだけでなく、医療費の増加や就労機会の減少等を通じて、家計にも悪影響を及ぼしうる。特に世帯収入の低い層では、病気による支出の増加や収入の減少を吸収する余力が限られるため、受診の遅れがより大きな生活リスクとなりやすい。一方、世帯収入の比較的高い層においても、忙しさや予約の取りづらさによって健康管理が後回しにされれば、長期的な就労継続や家計の安定に影響する可能性がある。

したがって、医療アクセスの改善には、高額療養費制度といった負担軽減策だけでなく、通院に伴う時間的制約や予約上の制約を軽減する取り組みも欠かせない。例えば、夜間・休日診療、オンライン予約、待ち時間の見える化、職場や生活圏に近い場所での受診機会の確保など、症状がない段階でも受診しやすい環境を整えることが重要である。

資産形成との関係も、この延長線上で捉えることができる。資産形成というと金融資産の積み上げが意識されやすいが、働き続けられる健康状態や、突発的な医療・介護支出を抑える生活基盤にも左右される。健康は、こうした意味で人的資本の土台であり、長期的な家計安定の前提となる。今回の分析が示すように、収入階層によって異なる「受診の壁」を下げることは、医療政策上の課題であると同時に、将来の家計リスクを抑えるうえでも重要だ。社会保障教育や金融経済教育においても、疾病予防や早期受診を、将来の家計リスクを抑える基本的な行動として位置づける視点が重要である。

(※情報提供、記事執筆:第一ライフ資産運用経済研究所 政策調査部 フェロー 谷口 智明)