住宅ストックと維持管理をめぐる現状と課題

住宅は数十年にわたり利用される耐久資産であり、その維持管理や性能向上に努めることは、居住者の安全や快適性の確保、さらには社会全体の資産形成や環境負荷削減に大きく寄与する。

日本においては、長期優良住宅制度や住宅履歴情報の整備、各種補助制度などを通じて、維持管理や性能向上を促進する施策が講じられてきた。

しかし、こうした取り組みにもかかわらず、計画的な維持管理や改修が十分に普及しているとは言い難い。

まずマクロなストック状況をみると、2023年時点で総住宅数は約6,504万戸、総世帯数は約5,607万世帯であり、1世帯当たりに換算すると約1.16戸の住宅が存在する計算になる。

量的には世帯数を上回るストックが既に蓄積されている一方で、その一部は利用されずに余剰化している。総住宅数のうち空き家は約900万戸、空き家率は13.8%と過去最高水準に達しており、居住に活用されない住宅が増加している現状がある。

次に、これら日常的な清掃や簡易な点検に加え、定期点検、部材や設備の予防的な修繕・更新、改修履歴の記録といった、住宅の性能や安全性を維持・向上させる住宅の維持管理行動の実態に目を向けると、こうしたギャップは一層鮮明になる。

令和5年住生活総合調査によれば、一戸建て住宅について「定期的に点検をしている」と回答した世帯はおおむね2割程度にとどまり、計画的な点検・予防保全が生活習慣として定着しているとは言い難い状況だ。

同調査では、直近数年間でリフォームを実施した世帯も約2割にとどまるとされており、技術や制度が整備されても、維持管理行動が自動的に生起しているわけではないことがうかがえる。

他方で、住宅リフォーム市場規模は、増改築工事費と設備等の修繕維持費を合計してもなお2023年時点で約7兆円規模に達していると推計され、この金額は住宅投資および居住関連支出の約1割を占めている。

すなわち、維持管理や改修への支出は決して小さくないにもかかわらず、その内容がどれほど計画的な性能維持・向上に結びついているのかなお検討の余地が大きい。

また、流通面から見ると、既存住宅の活用の遅れも指摘されてきた。全住宅流通量に占める既存住宅の取引シェアは、2010年代後半の時点で約14~15%にとどまり、7~8割を既存住宅が占める欧米主要国と比べるとおおよそ5分の1から6分の1の水準であるとされる。

以上のように、日本の住宅ストックは量的には充足しつつあるものの、空き家の増加や既存住宅流通の低調、築後比較的早期の滅失など、長寿命化・有効活用の観点からは未だ多くの課題を抱えている。

その理由の一つとして、これら課題の対応が技術的・経済的・制度的側面に偏っており、居住者の心理的要因が十分に考慮されてこなかったのではないか。

日本の住宅ストックをめぐる課題は、制度や技術の整備のみでは十分に解消されてはおらず、その背景には、維持管理行動が必ずしも合理的判断の結果として生起するものではなく、居住者の感情や経験に強く依存しているという側面がある。

本稿では、こうした問題意識のもと、所有する住宅への愛着に着目し、愛着がどのように維持管理行動を駆動し得るのかを整理する。

特に、愛着を形成・更新する媒介として「物語性」という概念を導入し、住宅ライフサイクルにおいてそれをいかに実装し得るのかを検討することを目的とする。

製品分野における愛着研究と維持管理

愛着とは、人が特定の対象を「大切にしたい」「長く使い続けたい」と感じる気持ちを支える要因であり、製品研究の分野では、その製品への愛着が強いほど利用者が対象を長期保持し、修理やケアに積極的になることが明らかにされている。

Muggeらは、自己表現やカスタマイズといった設計戦略が対象への愛着を高め、その結果として他の商品への乗り換えや買い替えといった代替行動が遅延することを実証している。

これを住宅に置き換えれば、建て替えや住み替えといった選択が先送りされ、既存の住宅を手入れしながら使い続けようとする行動につながると解釈できる。

Schiffersteinは、享楽性・記憶性・自己同一性・有用性から構成される四因子尺度を提示し、特定の個物に対する思い入れが長期保持の心理的基盤となることを示した。

努力の投下が対象への評価を高める現象として、いわゆるIKEA効果が知られている。これは、自ら手を動かして組み立てや調整に関わった対象ほど、価値を高く評価し、大切に扱うようになるという心理的傾向を指す。

この効果は、住宅にも当てはめて考えることができる。例えば、修繕や改修に主体的に関与した経験は、住宅に対する理解や納得感を高め、建て替えや住み替えといった選択を先送りし、既存住宅を使い続けようとする行動につながりやすい。

国内の研究においても、設計意図や住まいの来歴、手入れのポイントなどを次の所有者に丁寧に伝えるといった情報提供の工夫により、対象への愛着が高まることが示されている。

また、入居後の模様替えや修繕への関与、家族構成の変化に応じた改修といった経験が、住宅への愛着評価に影響を与えることも実証されている。

もっとも、住宅は一般的な耐久消費財と比べて利用期間が長く、居住者の生活史と不可分に結びつく点に特徴がある。

そのため、住宅分野においては、愛着がどのような経験の蓄積を通じて形成され、それがどのように行動へと接続されるのかを、より時間軸を意識して捉える必要がある。次章では、その媒介として「物語性」に着目する。

物語性を介した愛着形成の心理メカニズム

住宅への愛着が維持管理行動につながる過程を理解するためには、愛着がどのように形成され、どのように行動へと接続されるのかを整理する必要がある。

本章では、その媒介として物語性に着目し、愛着が感情にとどまらず、実際の行動を駆動する仕組みを明らかにする。

ここでいう物語性とは、住宅の来歴や出来事、手入れの履歴、そこに付随する居住者の判断や感情が、時間軸に沿って意味づけられた状態を指す。

住宅が単なる機能的な器としてではなく、「これまでどのように使われ、どのように手をかけてきたか」を内包した存在として認識されるとき、人はそれを長く使い続けようとする。

建設時の仕様選択の理由、家族構成の変化、修繕や改修の経験といった出来事が積み重なることで、住まいは生活史を宿す対象へと変化していく。

この物語性は、愛着形成の基盤をなす。住宅は居住者の日常生活と密接に結びつくため、価値観や生き方が投影されやすい。

住宅に関する出来事が語られ、記録され、想起されることで、住まいは単なる所有物ではなく、「自分らしさ」と結びついた存在として位置づけられる。このとき形成される愛着は、好意や満足といった評価を超え、関係性としての重みを帯びる。

さらに、物語性は住宅に対する所有者の関与の度合いを高める。手入れや修繕に自ら関わり、その過程や結果を振り返る経験は、住まいに対する自己投資の実感を伴う。

また、住宅の状態や構造を理解し、扱えるようになることで、「自分はこの住まいをコントロールできている」という感覚が蓄積される。

こうした経験が連続的に意味づけられることで、住まいは「管理対象」ではなく「所有者との関係を結ぶ対象」として認識されるようになる。

愛着が行動へと接続される段階では、手入れや修繕といった住宅に関わる経験がどのように意味づけられるかが、重要な役割を果たす。

物件への維持管理行動が、自ら選択した行為として理解され、実行の結果が肯定的に居住者に受け止められると、その行動は繰り返されやすくなる。

さらに、家族や周囲と経験を共有することで、「維持管理は価値ある行為である」という認識が補強される。手順や履歴が可視化されていれば、「自分にもできる」という手応えが生まれ、次の行動への心理的なハードルはいっそう低下する。

このように、物語性は愛着を形成するだけでなく、愛着を維持管理行動へと橋渡しする役割を果たす。住宅に関する出来事や経験が意味づけられずに断片化したままであれば、点検や修繕は一過性の対応にとどまりやすい。

一方、経験が所有者および居住者の物語として蓄積されれば、物件への愛着は更新され、維持管理行動は生活の一部として定着していく。

以上を踏まえると、物語性は、愛着を感情的評価にとどめず、具体的な行動へと転換するための媒介であると位置づけられる。本章で整理したこのメカニズムは、次章で示す住宅ライフサイクルへの実装を理解するための前提となる。

住宅ライフサイクルにおける物語性の実装

住宅の物語性は、完成後に付加されるものではなく、計画・設計段階から意図的に仕込むことで、その後の維持管理行動に影響を与え得る。

住宅に物語性を持たせるための実装は、計画から流通に至るライフサイクルの各局面に連続的に織り込むのが有効である。

計画・設計段階では、素材や部材の由来、製造・施工に関わる人の顔が見える情報、そして仕様選択の理由といった初期の意味付けを意識的に記録することが重要である。

木材の産地や加工の履歴、職人の手業に関する短い読み物は、完成直後から対象への関心と共感を喚起し、経年変化を単なる劣化ではなく成熟として受け止める視座を提供する。

また、断熱や窓、設備の仕様をなぜ選んだのかという意思決定過程を設計ログに残すことは、自己決定の痕跡を未来へ橋渡しする営みであり、のちの所有者にとってもその家の“序章”として機能する。

施工・引渡し段階は、住宅の来歴を可視化し、居住者が住まいとの関係性を形成し始める重要な転換点である。施工・引渡し段階では、人の手の痕跡を残す工夫が有効である。

例えば、主要工程の写真や職人の署名、製作ノートを一冊にまとめて施主に手渡すと、住まい手は家の来歴に生身の物語を見出しやすくなる。

併せて、設備や建具ごとに分解図や交換手順、推奨部材を示す「部品カルテ」を付与すれば、使い手は修繕への統制感と有能感を初期段階から獲得し、その後の関与が持続しやすくなる。

更に居住段階においては、日常的な手入れや小規模な修繕が、所有者にとっていかに意味のある経験として蓄積できるかが、物件への愛着の更新と行動の継続性を左右する。

居住段階では、点検・修繕の履歴を単なる台帳としてではなく、出来事や写真、短いコメントを伴う生活史の記録として残すことが肝要である。

清掃やパッキン交換、フィルター洗浄といった小さな完了体験は、それらを行った所有者による自己投資履歴の可視化を通じて愛着の更新を促し、そしてそれらを家族内で成果として共有することが次につながる行動への動機づけとなる。

このとき、木部の色つやや金属の風合いなど時間の痕跡を前向きに解釈できるよう、手入れのコツや写真事例を併記して学習可能な文脈を整えると、再解釈の回路が働きやすくなる。

さらに、国内で整備されてきた住宅履歴情報の枠組みを活用しつつ、そこに感情的・物語的な要素を重ねることで、制度の内側で愛着の更新を支える実装へと転換できる。

リフォーム市場が既に年間約7兆円規模に達していることを踏まえると、こうした物語的な履歴づくりをリフォーム産業の標準サービスとして位置づけることは、単なる「付加価値」の域を超えて、ストック全体の長寿命化・良質化に資する社会的基盤整備とみなすことができる。

愛着を媒介とした維持管理・良質化の展望

本稿の検討から、住宅の維持管理や良質化は、技術や制度、経済的合理性のみでは十分に説明できず、居住者の住宅への愛着が行動の成立に深く関与している可能性が高いことが明らかになった。

愛着は、点検や修繕といった維持管理行動を外部から強制される義務ではなく、自発的な行為として選択させる心理的な起点として機能する。

本稿で示したとおり、愛着は固定的な感情ではなく、住まいとの関わりの中で形成され、更新されていく関係性である。

手入れや修繕、改修といった維持管理行動は、住宅の性能を回復・向上させるだけでなく、居住者にとっては自己投資や統制感を伴う経験として蓄積される。この経験が住まいに対する理解や親近感を深め、そしてその結果として愛着を強めていく。

この点で重要なのは、愛着と維持管理の関係が一方向的ではなく、相互に強化し合う循環構造をなしていることである。

愛着は維持管理行動の初動を引き出し、維持管理行動は新たな物語や成功体験を通じて愛着を更新する。

この循環が成立すると、点検や修繕は特別な対応ではなく、生活の延長として自然に選択される行為となり、結果として予防的かつ計画的な維持管理が実行されやすくなる。

物語性は、この循環を支える媒介である。住宅の来歴や手入れの履歴、暮らしの中で生じた出来事が意味づけられ、時間軸に沿って蓄積されることで、維持管理行動は単なる作業から住まいとの関係史の一部へと位置づけ直される。

こうした物語の蓄積は、維持管理を一過性の対応にとどめず、継続的な行動として定着させる役割を果たす。

現状では定期点検の実施率が低位にとどまるなど、愛着と維持管理行動の循環が十分に機能していない住宅も少なくない。

これは、住まいへの関心や責任感が欠如しているというよりも、愛着が維持管理行動へと自然につながる仕組みについて、なお発展の余地があることを示している。

そのため、維持管理を促すにあたっては、義務やインセンティブを付加するだけでなく、既存の制度や取り組みを基盤としつつ、居住者の愛着が行動へと結びつきやすい環境を整えることが重要である。

以上より、愛着は住宅の維持管理・良質化に付随する情緒的要素ではなく、行動を駆動する実質的な基盤として位置づけ直されるべきである。

住宅ストックを長期的に活用していくためには、愛着を起点とする維持管理の循環を、設計、制度、実務の中に組み込んでいくことが不可欠である。

具体的には、点検・修繕・改修といった維持管理の履歴を、単なる技術情報としてではなく、判断理由や経験とともに蓄積・共有できる仕組みを充実させることが考えられる。

こうした履歴の可視化は、居住者による住まいの物語の更新を促し、維持管理行動の定着に資する可能性がある。

この視点は、住宅政策や事業実務に対しても示唆を持つ。行政にとっては、点検や修繕を義務化・助成することに加えて、住宅履歴情報の活用を通じて、居住者が住まいの物語を蓄積・想起できる環境を整えることが重要であると考える。

また、住宅事業者にとっては、維持管理を単なるアフターサービスとしてではなく、改めて居住者との関係性を更新し続けるプロセスとして再定義することが、長期的な価値創出につながる可能性がある。

※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 社会研究部 研究員 島田壮一郎
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