(ブルームバーグ):ポーランド発の人工知能(AI)音声スタートアップ企業イレブンラボにとって、2025年は飛躍の年となった。創業以来の資金調達額は累計3億5000万ドル(約550億円)に到達。マシュー・マコノヒーやマイケル・ケインといった著名俳優と提携したほか、ドイツテレコムやマスタークラスなどの法人顧客とも契約を結んだ。
現在、評価額110億ドルでの資金調達に向けた協議を進めており、成長加速に向けてさらなる買収も視野に入れる。25年12月には、オープンソースの「後で読む」アプリ、オムニボアを開発したチームを採用した。これに伴い、オムニボアの創業者らはイレブンラボ独自のリーダーアプリの開発を支援する。
「アクハイヤーは間違いなく2026年の重要なテーマの1つになる」。イレブンラボのマティ・スタニシェフスキ最高経営責任者(CEO)はそう語った。アクハイヤーとは買収(アクイジション)と採用(ハイヤー)を組み合わせた造語で、人材獲得を目的とする事実上の企業買収を指す。
スタニシェフスキ氏の戦略は、AIブームがもたらす広範な課題を象徴している。具体的には、確立したビジネスモデルを持たないまま技術開発に取り組む新興企業であふれる一方、明確な勝者が現れているのはコーディング、法務サービス、金融分析といった限られた分野にとどまっているというものだ。調査会社ピッチブックによると、AIスタートアップは昨年、合計2700億ドルを調達したが、投資家の多くは跳ね上がる評価額に見合うだけのリターンをまだ目にしていない。
根本的な問題は、AIスタートアップが厳しいコスト構造に直面していることにある。費用のかかるコンピューター能力構築に加え、市場開拓のノウハウや高度なハイテク人材が必要なためだ。合計で約1000億ドルを調達しているオープンAIやアンソロピックですら、継続的に追加資金を求めている。他の企業にとって、採算のハードルは一段と高くなる。
メタ・プラットフォームズやエヌビディア、グーグルといった巨大企業は過去1年、合併・買収(M&A)に数十億ドルを投じ、競合他社から幹部を引き抜いてきた。時価総額1兆ドルクラブには入れない中堅企業も、同様の動きを強めている。2026年には、イレブンラボのような急成長企業もM&Aに目を向ける局面が増えそうだ。
売上高が2億ドル未満の高バリュエーション企業にとって「これまでよりも高い評価額での資金調達を正当化する」唯一の方法は、戦略的な買収を通じて顧客基盤を拡大することだと、DNキャピタルの共同創業者スティーブ・シュレンカー氏は指摘する。同社は、イスラエルのナイスに買収された独ルーツのコグニジーの初期投資家だ。
コグニジー以外にも、昨年は欧州の注目企業2社が買収された。スウェーデンのスタートアップ、サナはワークデイ、英国拠点のファカルティAIはアクセンチュアにそれぞれ買収された。いずれの取引も評価額は約10億ドルだった。
「買収した企業の時価総額は大きく異なるのに、支払った金額はほぼ同じだったのは興味深い」とシュレンカー氏。その上で、10億ドルが買収額の上限だとは考えていないとしつつも、買い手が小さいほど迅速な投資リターンが求められるとの見方を示した。
アパックスのパートナーで、ファカルティAIの筆頭株主であるマーク・ベイス氏は、特に株式交換を伴うM&Aが今後増えると予想。英フィンテックのゴーカードレスが、オランダ決済グループのモリーに加わった事例を挙げた。その上で「2020年から2022年にかけて過大な評価額で資金を調達した企業は、現実からいつまでも逃げられない」と語った。
より広く流動性の高い資本を求め、買収ではなく株式市場を選ぶ企業もある。北京智譜華章科技と稀宇科技(ミニマックス)の中国AIスタートアップ2社は最近、香港証券取引所に上場し、合計で10億ドル超を調達した。
あらゆる兆候は、少なくとも業界再編が進むことを示唆している。高水準の現金燃焼ペースは多額の資本を必要とする一方で、持続可能な収益化はまだほど遠いとみられるためだ。こうした傾向はAIスタートアップの市場を二極化させている。トップ企業は技術、人材、商業的な実績を備えた「フルパッケージ」に対して数十億ドル規模の評価を得ている。一方で、自社製品よりもエンジニアチームの価値の方が高いと見なされるスタートアップ企業が増えている。
欧州投資会社ユーラゼオのパートナー、ラルカ・ラガブ氏は「商業的な能力を欠くため、アクハイヤーの標的になってしまう企業もあるだろう」と話す。
数十億ドルを投じることに意欲的な大手テック企業は10社余りに限られ、多くは株主に対して、高額な買収を正当化するのに苦慮している。その結果、中堅AIスタートアップにとって最も魅力的な出口はアクハイヤーになる可能性が高いと同氏はみている。
最近の取引は、こうした構図を浮き彫りにする。マイクロソフトは6億5000万ドルを支払い、インフレクションからムスタファ・スレイマン氏と同氏の研究チームを起用した。グーグルは24億ドルでウィンドサーフの経営陣を獲得。メタは143億ドルをスケールAIに投じて創業者のアレクサンダー・ワン氏を迎えた。いずれも従来型の製品を目的とする買収ではなく、人材獲得を狙った取引だ。
こうした変化は、AIエンジニアを巡る競争激化がスタートアップの戦略を塗り替えている現状を映す。製品の差別化が明確でなく、優秀な技術者が希少な資源となる中、資金力のある企業は競って個人を採用するのではなく、必要なチームを丸ごと取得する道を選ぶ。
一方、人材不足はスタートアップに従業員へのインセンティブ強化を迫っている。仏ヘルスケアAI企業ナブラは、在籍3年を超えた従業員が資金調達ラウンドで持ち株の10%を売却できる制度を導入した。デルフィーヌ・グロル最高執行責任者(COO)は「当社の優秀なエンジニアは常に競合から引き抜きの打診を受けている」と説明する。ナブラの元CEO、アレックス・ルブラン氏は最近、AI研究の先駆者であるヤン・ルカン氏が立ち上げた新組織AMIラボの運営を任された。ルカン氏は昨年末、新組織立ち上げのためメタ・プラットフォームズを退社している。
AI企業の創業者にとって、2026年における最大の問いは「買収する側に回るのか、それとも買収される側になるのか」だろう。
原題:Smaller AI Firms Look to Acquihire Path to Growth: Tech In Depth(抜粋)
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