(ブルームバーグ):今月初め、劇場版「鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座(あかざ)再来」は、中国で今年の外国映画興行収入トップとなった。しかし、高市早苗首相の台湾発言を巡る日中間の対立激化が、世界第2位の映画市場でことし飛躍するはずだったアニメの勢いに水を差す恐れがある。
高市発言の直後に、中国国家電影局は日本の新作映画に対する審査を凍結し、少なくとも承認済み6作品の公開を無期限延期。日本のアーティストによる20以上の公演とコメディー劇団の公演が相次いで中止となった。中国外務省の毛寧報道官は、報復措置の一環かとの質問に対し直接の回答を避けつつ、高市発言が中国国民の感情を傷つけ両国の関係に影響を与えたとし、「日本は自らの誤りを訂正すべきだ」と述べた。
影響を受けたアニメ映画には「名探偵コナン 時計じかけの摩天楼」や「クレヨンしんちゃん」最新作が含まれる。中国当局による日本映画やライブイベントの制限範囲と期間は不明だが、高齢化と人口減少で国外に活路を求める日本企業の戦略にこの不透明感が影を落としている。
「日本は綱渡りの状態だ」と、東京在住で「新ジャポニズム産業史 1945-2020」の著者マット・アルト氏は語る。製造業中心からサービス・コンテンツ産業へのシフトが進むにつれて、日本経済は政治的緊張や中国の消費者によるボイコットの影響を受けやすくなっており「中国の検閲がいつ発動するか予測できない」と指摘する。
今回の緊張激化は、約10年前に韓国が米国のミサイル防衛システムを配備した際、中国が韓国のコンサートやテレビドラマ、広告を停止したことで韓国のエンターテインメント産業が受けた打撃を連想させる。
近年、日本のアニメが韓国コンテンツの空白を埋める役割を果たしてきた。中国では需要が急増し、新型コロナウイルス禍でビリビリやテンセントが運営する動画プラットフォームで配信された人気アニメの需要が急増。ソニーグループはこの流れに乗りビリビリに出資。スタジオジブリはアリババグループ傘下の映画部門(現・大愛娯楽)と提携した。
アーティザン・ゲートウェイによると映画「鬼滅の刃」最新作は、中国で公開初週末に4990万ドル(約54億円)と、日本映画として歴代トップクラスの興行収入を記録した。日本と北米では記録的な興行成績を収め、共同制作のアニプレックスを傘下に収めるソニーGは通期業績計画を上方修正した。
「『鬼滅の刃』を見ていない友人もいて、上映中止になるのではと心配している」と話すのは、桜色の髪をした鬼滅隊・甘露寺蜜璃のコスプレで広州の上映会に参加したジェミナイ・シャオさん(20)。「政府の指示に従うのが最善だと思う。現状では皆が多少協力すべきだ。映画が数本上映中止になっても世界の終わりではない」と語った。
ソニーGの中国事業売上高(映画、音楽、商品、ゲーム・イメージセンサーを含む)は2025年3月期で約1兆2000億円に達し、5年前から約5割増加した。サンリオの中国からの収益は、アリババ傘下アリフィッシュとのライセンス契約が寄与し、2025年4-9月期は153億円と2年前の約3倍となった。
劇場版「名探偵コナン 隻眼の残像」が、今夏の中国映画話題作「東極島」を上回るヒットを記録。24年外国映画トップは「ゴジラxコング 新たなる帝国」とスタジオジブリ「君たちはどう生きるか」だった。米映画情報サイトのボックス・オフィス・モジョでは、新海誠監督「すずめの戸締まり」は世界興行収入2億2100万ドルの半分超を、「君たちはどう生きるか」も1億900万ドル(全世界の約4割)を中国で稼いだ。
日中対立で日本映画が標的となっているが、韓国エンタメ産業のように音楽やドラマ、ゲームに及ぶ全面禁止措置が日本にも取られるかは不透明だ。
神田外語大学講師のジェフリー・ホール氏は、中国で数千万ドルを稼いだ「鬼滅の刃 無限城編」が上映中止になっていない点は「注目に値する」と指摘。人気の高い作品を禁止すれば中国国内で反発を招きかねず、「実際の影響よりも、日本を懲罰する厳格な措置を取っているように見せることが中国当局にとっては重要のようだ」と分析した。
現時点では、キャンセルは小規模なコンサートやイベントに限定されているようだ。ダンス&ボーカルユニットw-inds.が出演するコンサートなど大規模イベントは影響を受けていない。キャンセルの範囲も都市によって異なり、北京でのコンサートが最も影響を受けているようだ。25日時点では、浜崎あゆみの上海公演は29日開催予定で変更はない。
中国在住のプロモーター、クリスチャン・ペーターセン=クラウセン氏によると、日本のジャズミュージシャンによるコンサートは開始数時間前に警察の命令で突然中止になった。同氏は、「政府の措置は景気減速下での消費喚起の機会を自ら損なうだけだ」と指摘。この状況が中国経済に暗い影を落としており「次の成長段階に進むためには、安定性や予測可能性、恣意的なリスクからの解放が必要だ」と語った。
--取材協力:ジェームズ・メーガ、古川有希.
もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
©2025 Bloomberg L.P.