社員のやる気を保つための3つの仕組み

新人や若手社員の能力をベテラン並みに引き上げる効果は、人手不足に悩む企業にとって非常に魅力的である。

しかし、ここで人間心理の問題がある。

もしAIで効率化した結果が昇進や昇給につながらず、単に「追加の仕事」として返ってくるだけなら、社員はどう行動するだろうか。

おそらく多くの人は「効率化しても損するだけ」と学習し、わざとAIを使わなかったり、効率化できた事実を隠したりするだろう。

この「効率化の落とし穴」を避けるには、技術導入と同時に、人を大切にする仕組み作りが欠かせない。

(1)成果を社員にしっかり還元する

そのためには、まず効率化で生まれた利益を社員に公平に分配する仕組みが必要である。

たとえば、AI活用による効率化を数字で測り、その成果の一部を四半期ボーナスや年次昇給に反映させることで、社員は効率化への意欲を維持できる。

また、週休3日制の試験導入や在宅勤務日数の増加など、働きやすさの向上も重要な見返りになる。

大切なのは、「効率化すれば、自分たちにもちゃんとメリットがある」と社員が実感できることである。

(2)ベテラン社員には新しい役割と評価基準を

AI導入で定型業務から解放されたベテラン社員には、新しい役割と評価の仕方を示す必要がある。

従来の「処理件数重視」の評価から、「問題解決の質」「後輩指導の成果」「AI改善への貢献度」といった新しい評価軸に変えていくことが求められる。

複雑な問題の解決、後輩の育成、AIツール自体を改善するためのアドバイスなど、より創造的で価値の高い仕事への転換を促し、その貢献をきちんと評価する制度が必要である。

(3)働きやすさの改善を積極的にアピール

経営陣は、AIがもたらす「働きやすさの向上」を積極的に社員に伝えるべきである。

「AI導入前後での残業時間の変化」「仕事への満足度」「創造的な業務にかける時間の割合」などを定期的に測定し、改善状況を全社員に透明性を持って報告することが求められる。

これにより、AIは人の仕事を奪うものではなく、仕事をより人間らしいものにする「頼れる相棒」だという認識を広めることができる。

AI導入で最も大切なのは、技術そのものよりも「人への配慮」である。

特に、コールセンターや事務処理など、成果を数字で測りやすい職場では、効率化の成果を給与や労働時間の改善に反映させることは比較的簡単である。

実際、今回紹介した海外の研究も、こうしたお客様サポート部門での事例であった。

ただし、すべての職場がこのようにうまくいくわけではない。

企画部門や研究開発では創造性や判断力が重要で、効率化の効果を数字で測ることが難しい。

病院では患者さんの命が最優先で、効率だけでは測れない安全性やケアの質が重視される。

また、従業員が数人から数十人の中小企業では、大企業のような詳細な人事制度を導入すること自体が現実的でないケースもある。

それでも、どんな職場でもそれぞれの職場に合った形で「AIで楽になった分、社員にもメリットがある」と実感してもらうことは可能である。

AIの時代だからこそ、人を大切にする会社が最終的に勝ち残るのである。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー 柏村祐)