こうしたなか、インドは米国の貿易赤字国として 10 番目に位置するものの、米トランプ政権は同国に対する相互関税率は 26%と他のアジア新興国と比較して相対的に低い水準に設定した。なお、WTO(世界貿易機関)によるインドの平均関税率は 17.0%と新興国のなかで突出するが、米トランプ政権は非関税障壁を加味した平均関税率を 52%とした上で、相互関税率をその半分である26%に設定したとしている。
米トランプ政権がインドに『甘い』評価を与えた背景には、米中摩擦の一段の激化が見込まれる一方、同国は世界最大の人口を擁する上、中長期的に人口増を追い風にした経済成長が見込まれるなど将来的な『市場』としての期待が高いことが影響していると考えられる。また、米トランプ政権の発足直後に両国は首脳会談を行い、両国間の貿易(昨年は輸出入合計で 1250 億ドル弱)を 2030 年までに 5000 億ドルに拡大させる旨の貿易協定の第1段階の交渉開始で合意している。一連の合意では、インドが米国産原油・ガスや防衛装備品の輸入拡大や不法移民対策の強化のほか、人工知能(AI)や半導体分野での協力、戦略的鉱物のサプライチェーン構築についても協議が行われた模様である。その後も両国は貿易協定の枠組み策定に向けた実務者協議を行うとともに、インド政府は相互関税の上乗せ分の延期期間中の合意に自信を示している。
米トランプ政権による相互関税の発表後、インドの相互関税率は競合国であるカンボジア(49%)やベトナム(46%)、スリランカ(44%)、バングラデシュ(37%)、パキスタン(29%)などと比べて低水準で設定されたため、縫製品などを中心に対内直接投資が活発化するとの期待がある。また、ASEAN主要国であるタイ(36%)やインドネシア(32%)などに対しても低く、対米輸出を巡る競争力が高まるとの見方もある。さらに、インド経済は構造面でアジア新興国のなかで外需依存度が相対的に低い上、対米輸出額の名目GDP比も2%程度に留まり、相互関税率の低さも重なり、仮に上乗せ分が発動された場合においても、マクロ的な影響の度合いは他のアジア新興国などをと比較して小さいと試算される。こうした事情もインドがトランプ関税の影響を受けにくいと見做される一因になっている。
他方、米トランプ政権が課している自動車、鉄鋼製品、アルミ製品に対する追加関税を巡っては、インドにとって鉄鋼製品輸出に占める対米比率は約3割、アルミ製品輸出に占める対米比率は1割強、自動車輸出に占める対米比率も1割強を占めており、関連産業に悪影響が出ることは避けられない。よって、インドでは、トランプ関税によるマクロ的な影響と産業・企業面でのミクロ的な影響に違いが生じる可能性に留意する必要がある。