プレコンセプションケアとは、「男女ともに性や妊娠に関する正しい知識を身に着け、健康管理を行うこと」と定義され、日本では2021年の成育医療等基本方針に明記、2025年には子ども家庭庁より5か年計画が公表されたところである。

そのプレコンセプションケアを展開するにあたり、母子の健康に影響する栄養摂取に関する適切な働きかけは健康的な身体づくりをする上で最も基盤となる重要なアプローチであるが、特に注目されているのが微量栄養素である葉酸である。

近年、葉酸強化食品を導入する諸外国が増加しつつあるものの、日本ではその重要性が十分に認識されていない状況にある。

そこで、本稿では、葉酸に関する身体への影響について改めて整理し、葉酸摂取に関する必要性の認識状況及び摂取状況についての結果をまとめる。

葉酸摂取の効果

1|葉酸とは?

葉酸とは、ビタミンB群の水溶性のビタミンであり、プテロイルモノグルタミン酸およびその派生物の総称である。

微量ながらも人体の発達や代謝機能を適切に維持するために必要な栄養素であるビタミン、ミネラル(無機質)を指す微量栄養素として知られている。

ビタミンは脂溶性と水溶性に分類され、葉酸はビタミンB12などと共に水溶性のビタミンに分類される。また、赤血球を作るため「造血のビタミン」とも呼ばれ、DNAやRNAなどの核酸やタンパク質の合成を促進し、細胞の生産や再生を助ける重要な働きをもつ。

葉酸を多く含む野菜として、ほうれん草やブロッコリーが知られている。それぞれ可食部100gあたり約210μg、約220μg程度の葉酸が含まれるが、水や熱に弱い性質のため調理法によっては失われやすい。

また、身体に大量に蓄えておくことができず、必要量を超過した分は体外へ排出されてしまうため、毎日少しずつ摂取する必要がある。

2|葉酸摂取の効果

葉酸摂取の効果は、神経管閉鎖障害との関連性が20世紀ごろから報告されており、その中でも葉酸不足が脊髄髄膜瘤の発生リスクに深く関与していることが明らかにされている。

神経管閉鎖障害とは、胎児が成長する過程で、脳と脊髄が一つの溝として発生し、その両側の隆起した部分が接合し神経菅を形成するが、葉酸が不足するとこの神経管が正常に発達せずに、脳やせき髄、髄膜が影響を受ける先天性異常の一つである。

脊髄髄膜瘤は、この神経管閉鎖障害の過程で、髄膜と脊髄組織が突出した状態のことを示し、神経の損傷や麻痺、学習障害の発生や時には死亡する可能性がある疾患である。

イギリスでは1991年に、神経管閉鎖障害児の妊娠歴を有する母親に葉酸サプリメントを1日4㎎を投与した結果、再発リスクが72%低減することが報告された。

米国では1992年妊娠を予定する女性と生殖期にある女性に対し葉酸サプリメントを1日400μg摂取することが推奨され、1998年からは穀物100gあたり140μgの葉酸を添加することが義務化された。

この結果、米国では神経管閉鎖障害の発生リスクが26%低減したと報告されている。

中国でも1992年に、初産婦に対し葉酸サプリメント400μgを投与する前向きコホートが実施された結果、神経管閉鎖障害の発生リスクの低減(北部79%減、南部41%減)が認められたと報告されている。

日本では、厚生労働省が2000年に、妊娠前4週から12週までの期間(胎児の神経発達が形成される期間)において、バランスのとれた食事とともに葉酸1日400μgを摂取するように通達しているが、葉酸サプリメントを実際に摂取した妊婦の割合は15-20%に留まるなど、その認知には課題が残る結果となっている。

また、葉酸の効果は母子保健領域に留まらず、成人や高齢者にとっても重要な役割を担っている。

JACC Studyによると、40~79歳の5万8千人の対象者を14年間追跡した結果、葉酸・ビタミンB6の摂取量が最も高いグループでは、最低位群と比較して女性の虚血性心疾患の死亡リスクが43%低下、男性では心不全のリスクが50%低下する結果が示された。

JPHC研究では、葉酸及びビタミンB6・12を多く摂取するグループにおいて、心筋梗塞の発生リスクが有意に低下するとの報告が認められている。

葉酸摂取の実態

1|調査概要

2019年3月より毎年「被用者の働き方と健康に関する調査」をインターネットで実施している。

本調査の対象は、全国の18~64歳の被用者(公務員もしくは会社に雇用されている人)の男女としており、直近の2025年3月の調査では5,784件の回答を得ている。

回答者の平均年齢は41.79歳であり、年代別では40歳代が10.8%と最も多くを占めており、性別内訳では、男性が60.3%、女性が39.7%であった。

本調査では、「自分自身にとって、健康状態の維持・改善に向けて必要だと思うのはどういった取組、サービスですか?」という設問を設定し、「必要だと思うこと」及び「既に取り組んでいること」について尋ねている。

このうち、サプリメントや栄養補助剤として葉酸の摂取有無に関する回答結果は以下の通りである。

2|葉酸摂取の必要性と摂取割合

サプリメントや栄養補助剤の中で、葉酸の摂取が必要だと感じている者は、5,784名のうち109名(1.9%)、必要性を感じていない者は、5,675名(98.1%)であった。

サプリメントや栄養補助剤の中で、葉酸の摂取を既に取り組んでいる者は、5,784名のうち49名(0.8%)、取り組んでいない者は5,735名(99.2%)であった。

残念ながら、今回の調査結果からは、微量栄養素である葉酸における摂取の必要性を感じている者は極めて少なく、実際に摂取をしている者もごく一部に留まる結果が明らかとなった。

3|性・年齢別の特徴

性・年齢別の特徴を統計学的に分析してみると、性別では必要性・摂取割合について有意な差は認められなかった。

年代別では必要性については有意な差は認められなかったものの、実際の摂取割合については、10歳代の摂取割合が高く、50歳代において摂取割合が低い結果が示された。

一方で、令和5年の国民健康・栄養調査結果の1日あたりの一人平均摂取量をみると、葉酸は269.7μmと18歳以上の男女における推奨量である240μmを超過しているが、年齢別でみると、20-39歳の年齢区分において摂取量が推奨量を下回っていることが示されている。

今回の調査では、20歳代、30歳代において明らかな特徴は認められなかったが、どの年代においても葉酸の摂取は健康的な身体づくりをするために重要な役割を果たしており、摂取の必要性に関する認識を高める必要があると言える。

おわりに

本稿では、プレコンセプションケアを展開する上で、人間の身体づくりのうち、あまり認知度が高くない微量栄養素である葉酸の摂取実態について紹介した。

葉酸の摂取は、胎児の神経管発達障害を予防するだけでなく、心血管疾患の発症リスクを低減させる効果が示されており、成人や高齢者にとっても大変重要な微量栄養素である。

しかしながら、調査結果からも、その必要性や実践度は依然として十分とは言えず、社会全体での周知活動と継続的な情報提供が求められているであろう。

※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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