卒業文集には「ナリタブライアンに乗りたい」

田知騎手の馬との出会いは幼少期。祖母がテレビで見ていた競馬中継でした。
田知弘久騎手
「馬は小さいころからその映像、大きいレースの映像は見ていて。最初はたぶん、馬スタートだったと思う。次第に成長と共にいろいろ競馬だったりとかの知識を得て、騎手という存在自体は分かったと思う」
小学校の卒業文集にも「騎手になってナリタブライアンに乗りたい」と書いていました。
しかし、一方で――
田知弘久騎手
「気づいたら(学校に)行かなくなっていた。小学校も4年くらいから行かなくなって、中学校もほとんど行ってないので。その頃の記憶は曖昧ばかりなので」
中学卒業後、進路に選んだのは地方競馬の騎手を育てる養成学校でした。
田知弘久騎手
「とりあえず高校行けないし、このまま変に何もせず家におるわけにいかないと思って。家に資格とる本があった。その中に騎手のなり方(があった)。とりあえず仕事に就けることが第一前提だった」

2年間の寮生活を経て、金沢競馬に所属。
2015年にはシーズン最多勝「リーディングジョッキー」に。
2022年には地方通算600勝を達成しました。
着実にキャリアを積み上げていく田知騎手。
しかし、おととし8月のレースでスタート直後に落馬し、首の骨を折る大けがを負います。










